身体の使い方への無知
頂いたコメントに詳しい返答をしようとすると、まだ目と鼻の奥が痛くなるので、若干角度を変えたコネタを書いてみます。
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まだ十五か十六の初夏、ふとした理由で営林作業に駆り出された時のこと。
当時は初めて首を痛めた直後で、余り動けなかったのですが、気にせずに参加しました(※)。
山に到着して、道具を選ぶことになった時、
私は調子が悪かったこともあって、その日の得物に大鎌を選びました。立てると胸の高さくらいの柄に、肩幅くらいの刃が付いた…というか、端的にいうと、死神の首狩り道具みたいな鎌です。
刃付けが良いうえ、研ぎについても、実際に髪の毛を削げるくらい丁寧に仕上がっていたので、私としては理想的な選択だと思ったのですが、
周囲には「そんな怖いものを使うの?」と驚かれました。
「今日は調子が悪いから。」との説明で納得してくれる人は、いませんでした。
このほうが楽だ、と言っても信じてくれないどころか皆が怖がることに、逆に私が驚きました。
大鎌はテコの原理を活かせるし、
立ったままで作業できるから楽なのだ、と言っても。
対照的に、普通の草刈鎌では、一日中屈んだ姿勢で作業しなくてはならないし、身体の近くで刃を動かす以上、危険度は大鎌より高いのですが…。(慣れない人が使うと、自分の向う脛をザクっと切る、等の事故が良くおきます)。
飲み物についても、
他の人は冷たい清涼飲料水をガブガブ飲んでいましたが、私は自分の胃腸や神経に無用な負担を掛けたくなかったので、熱いほうじ茶を持参して、喉の渇きを潤す程度に飲んでいました。
そんなこんなで、炎天下の作業が終わったとき、
他のメンバーは疲れた疲れたとぼやいていましたが、私の体調は作業開始時とさほど変りませんでした。このことについても、驚かれたのを覚えています。
実際以上に元気に見られるのは、こういう振る舞いも一因かもしれません。
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※当時の私は、「おしん」みたいな痩せ我慢が、日本人の一般的な美徳であり、常識だと思っていました。
今も、かなり、そうです。
しかし実際は、同世代の男女においては、
少しの苦痛でもママンやパパン等に泣きついて解決を図り、彼ら自身は手を動かさないし、工夫もしなければ成長も欲しない(つまり、悩みさえしない)ことが良くあって、
私にも往々にして、そういう惰弱な態度が期待される…という現実が、あったりします。
そんな「普通の人」に馴染むことを要求されるのには、正直、困惑しますね。
そのような軟弱さは、私が人間に必要と考える尊厳を蝕むものだし、
一個の生物としても、末期的だと思うので。



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