Wednesday, 04 June 2008

久しぶりに。

しばらくブログを更新しない間、仕事のほかは、主に勉強…というか修行をしていた(分野が特殊だし、座学じゃないので、勉強という言葉は似つかわしくない気がする)。

その間、ブログのコメント返し等について今後の方針を考えていた。

管理人は、熱心に話しかけてくる人の話については、相手が誰であれ、同じくらい熱心に聞く傾向がある。

加えて、相手がたとえ誰でも、尊敬する点の一つは見つけて、学ぼうとする習慣もある。

理由としては、自分がギフテッド(そして、わりと苦労人の部類)であることから、相手の知能の高低や人生経験の軽重や、あるいは善悪や好き嫌いを一々気にしては、学校生活も社会生活も送れなかったからだろう。

これまでの人生では、他人の話を傾聴することで目を開かされることが多かったし、人生において学ぶべきことが増えたりもした。つまりは、楽しかったのだ。

ただ最近になって、ブログのコメント返しについては、どうかな?と疑うようになった。

熱心にコメントしてくる人に対して一々しっかりと返答することは、どうも、自分の許容量を超えている。

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私個人は、例えば友人というのは、数十年単位の時間を掛け、信頼関係を醸成しつつ、じっくりと作るものだと思っている。

というのも信頼関係というのは、お互いに生・老・病・死の掛かった修羅場の二つ三つでも乗り越えて、本性や行動パターンを見極めない限り、築けないものだからだ。

実際、かれこれ三十年や二十年タメ口でワイワイ話せるような関係の幼馴染たちでも、私にとっては親友ではなく、友人ですらなくて、単なる知り合いの域から昇格していない人々が、ほとんどだったりする。

(作ったことがないが、恋人とかは、もっとハードルが高い。)

残酷かも知れないが、大人というのは本来、そういうものだと思う。

とりわけ、こちらには人生の割と早い時期から守らなくてはならないものがあった都合上、致し方ない。

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ちなみに、管理人にとって友情や愛情とは、「この御仁の為に死ねるとまでは言わんが、手足の一二本くらいなら、まぁ、危険に晒す価値があるかな」と思える人物に対して持つ感情だ。

手足の数も命の数も無限じゃない(し、痛い)以上、そうそう安易に友情の愛情のとは言いたくない。

そのためか、

コメントにしっかり返答したからとて、「俺・私って、ブログ主から個人的に興味や関心を持たれているんだ!友達になれるかも?」と誤解するらしい人々の思考回路には、困惑する。

もちろん、コメント欄であっても、私と長年交流していれば、いつか、友達になれるかもしれない。

たとえ十年以上盛り上がり続けても、友達にならない確率のほうが高いけれど(笑)

そういう可能性を踏まえて、以前とあるコメント人の「友達になれる可能性がゼロではないのでしょうか?」という問いに対し、マトモに「ゼロじゃないですが」的な答えを返したところ、これまた、誤解されたらしいことがある。

「いけ好かない奴だが、五十年くらいかければ茶飲み友達にでもなれるかもしれん」と思っていた私は、たいそう当惑したものだ。

繰り返すようだが、人間関係というのは本来、そういうものだろう。

あと、これは私の少々特殊な条件だが、

私にとっては「誰かを友達に格上げする」というのは、「特に用事がない限り、数ヶ月から数年は放置してOK」「五年や十年は一言も交わさなくても、平気な間柄になる」ということだ。

逆もまた然りで、数年の間連絡を絶っていても、再会と同時にアホ話で笑い合える人が居たら、私はその人物に、友情を感じるかもしれない。

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管理人はこれからも当ブログのコメント欄を閉める心算はないが、あまり丁寧に応対しないことにしたので、悪しからずご了承頂ければありがたい。

相手が誰であろうと、人から間合いを詰められた時は詰められた分だけ下がりたいものだし、下がれないとしたら、気分が悪いので。

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三和特殊鋼様のコメントへのお返事は、後ほど書きます。少々お待ちくださいね。

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Tuesday, 22 April 2008

テレビを見ないこと

巷に溢れる「ストレス対策」の読み物に、よく、「しばらくの間、テレビ無しで過ごす」ということが書かれています。

実際のテレビには良い番組もあるのですが、酷いものを見かけてしまったときは半端じゃなく滅入るので、私には、確かに危険な存在です。

あれを観て滅入らない人というのは、全ては自分とは関係ない世界の出来事だと信じているに違いない、とさえ思えるほどです。

例えば、何かにつけて「だまされた」と糾弾する割に、だまされやすい自分たちについて考えてみる様子は、一向に見えなかったりします。

犯罪報道についても、ああまでエンターテイメント扱いをするのは、それで気分がスッキリする視聴者がいるからで、つまり

「悪人は生まれ付きの悪人。」「そんなことをしないワタシたちは、生まれ付きの善人。良かったね!」という、グレーゾーンのない、ものすごく雑な分類でしか善悪や人間を捉えない視聴者が、全国に数千万人もいる、ということです。

ぞっとせずには居られません。

世の中の悪というものには大抵、

そういう善人の、悪が悪たるゆえんを想像力だけで理解できる(理解している)と思っている鈍感さが加担しているのだと、気づくことが多い人生なので。

ともあれ長年のストレスにようやくひと区切りがついてきたので

「テレビを持っても良いかな?」と思えるようになったのですが、しばらく後回しになるとは思います。それくらい、優先順位が低いです。

(持つにしても自分の場合、パソコンのUSBポートにワンセグチューナーを差すだけ、とかで済ませそうな気配。)

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Wednesday, 16 April 2008

食事・栄養療法について(一)

kana様と寂光様のコメントへのレスを兼ねて。

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先日の季節の変り目に、久々に軽い風邪を引いたときのこと。

一週間ほど連日、夕方4時くらいから微熱が出て、顔が熱くなったり、手足が重くなったり頭がボーっとしたり、という状態が続いたのですが、

その時、私は、仕事に支障がないように気を遣いながら、

考えてみれば数年前までは、長い間、こういう発熱や身体の重さとの戦いが日常的だったことを思い出しました。

それが日常じゃなくなった後も、留学の少し前まで頻繁にぶり返していたことや、

そのたびに内心で「大丈夫か自分?」と、不安になっていたことも。

当時、仮に親に相談しても、医療費の負担を愚痴られたり「死ね」と言われたりで、思うように病院に通えなかったし、

もし親戚に相談しても叱咤されるだけだったので、

できるだけ平気なフリをしていましたが、

今振り返ってみると「心細かったろうな自分」と思います。

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管理人が、「食事療法」「栄養療法」といえる考え方に初めて出会ったのは、大学入学のために上京し、いわゆる「寝たきり学生」を地で行く暮らしをしていた頃のことです。

週あたり数時間、瞬発的に頑張って、そのたびに燃え尽きて、残りの時間を寝たきりで過ごす…というような時期、下宿の傍の書店で見つけたアンドルー・ワイル氏の著書がそれです。(「ワイル博士のナチュラル・メディスン」等)

これらのお陰で、カフェインや甘モノを過剰に摂取することの悪さや、精白しない穀物の良さを知ることが出来ました。

が、当時の流行では、「こんな不調にはこういうハーブが効く」というような、西洋の薬草にスポットライトが当たっていたせいか、食事そのものには、深く踏み込みませんでした。

「基本の食生活をきちんと。」という世論自体、今ほど盛んではなかった。

当時の私個人は、豆やゴマや野菜やキノコや魚など、一見しっかり食べていました。

しかし、白いご飯を主食としたり、安い清涼飲料水を大きいペットボトルで買ったり、朝食を「甘いシリアルと牛乳と果物」などで済ませることには、問題意識を持っていませんでした。

もし私に母仕込みの自炊能力がなかったら、さらに既製品に頼っていたはずなので、その場合、この歳まで生き延びることは不可能だったかもしれません。(その点では母に、微妙に感謝しています。)

つづく。

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Tuesday, 01 April 2008

物心がつかない、ということ

今は学校が春休みだとかで、

同僚の子持ちの女性とお弁当を囲んでいると、しょっちゅう携帯が鳴る。電話の向こうからは、まだ声変わりしていない小学校中学年と低学年の男の子が、連日無邪気なことを報告してくるので、傍で聞いているだけでも楽しい。

近所で餅まきがあったこと、

兄弟でお餅を沢山拾ったこと、

拾ってきたお餅で、お家の中でも餅まきをやってたら、にーちゃんが色々命令してきて腹が立ったとか、お餅って冷蔵庫に入れちゃダメなの?とか何とか。

毎日がとても楽しそうですね、という私に、

男の子二人のシツケは腕力勝負よぉ、と、その人は口を尖らせた。

その人は見た目からして女らしく、ついでに私より年下で、体罰といってもデコピン程度しかやらなそうに見えるが、

実際は、毎日が取っ組み合いだそうだ。

それをきっかけに、隣席の別の女の人(三十代後半くらい)が、子供時代に一緒に育ったという従弟の話を始めた。

二歳下のその従弟は、今でこそ各種の黒帯を所持するアマチュア格闘家であり、

思いやりに溢れた立派な社会人だけれど、

物心がつく前は、あらゆる場面で腕力勝負を挑んでくるタイプだったので、いまだにその記憶のほうが鮮烈らしい。

例えばキン肉マン消しゴムが一個見当たらない、というだけの理由でプロレス技その他を掛けてくるため、彼女も腕っぷしで反撃しないと毎日の生活を送れなかったのだが、

審判であるお祖母ちゃんは、そんな時でも

「お姉ちゃんなんだから、あんたが優しくしなきゃダメ。」と彼女を叱るだけだったとか。

ちなみにこの人も、たいへん女性らしい、優しげなタイプである。

管理人の兄は根っからの文化系だし、

従兄弟たちにしても、年上すぎて互いにお客さん扱いか、又は年下すぎて、私がオムツを換えたこともあるほど…という感じなので、

未知の家庭環境をしのいで来た彼女らのことは、何だか尊敬してしまう。(特にママさんのほう)。

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【今日のまとめ】

たとえば憧れのイトコのおねいさんに、

ウエスタンラリアートやエルボードロップ(かっこいい技)を、

スタン・ハンセン(かっこいい人)のようにキメて倒せば、

ボクも「かっこいいheart」と思ってもらえるんじゃないか?と考える、おっそろしく無邪気な心理状態。

それが「物心がつかない」ということ。

※注「ラリアート」=私の世代が子供だった頃の「ラリアット」の呼び方。

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Thursday, 20 March 2008

サンタフェで庭園で丘。

最近のニュースから、コネタの連想。

東京都が防潮堤の外側に建ててしまった福祉施設「サンタフェガーデンヒルズ」。

・「サンタフェ」。東京で、米国南西部ニューメキシコ州州都ですか。

・「ガーデン」。これはまあ許せるとしても、

・「ヒルズ」。海抜0m地帯で、「丘」ですか。

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そこから、

以前に本で読んだ、戦後まもない頃の大災害についてのルポにあった、当時の社会のこんな図式を思い出しました。

高台 (水害が来ても安心)= 大工場敷地や富裕層の宅地 

低地 (水害が来たら死ぬかも)= 町工場や庶民の居住地 

そういうふうに、私の親が子供だった時代の日本は、まだ、一度の巨大台風で千人単位の人が死ぬような国でした。それでも、やがて経済成長と共に防潮堤のような防災インフラが整えられ、

そのお陰で、現在の安全な生活があるわけですよね。

今回は、その防潮堤の外に住まわせるわけです。

おじいちゃんおばあちゃんを。

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ここまでで気が滅入ってきたので、連想を音楽ネタに向けました。

(注:以下、リンク先、音が出ます。)

私にとって「サンタフェ」といえば何より先に思い出されるのは、ジョン・ボン・ジョヴィのソロ「Blaze of Glory」の名曲「Santa Fe」です。

1992年のアメリカが、まだ、こういう曲を「歌詞が不信心」と言ってシングル化しないような国だったことも思い出しつつ

(注:精霊や幽霊や悪魔のような、キリスト教的に良からぬモノが出てくるので。)

YouTubeで探して聴き入り、

「今の世の中は、この曲の歌詞そのもの」「私にとっては、魂や生活を満たしてくれたのみならず、天命まで導いてくれたかもしれない曲です」って感じのコメント群に、「私の外にもそう思ってた人がいるんだ」と思いつつ、

そこで「ユニバーサル」が宣伝映像を配信しているのに気づき、同アルバムの同じくらい好きだった「Dyin' Ain't Much Of A Livin'」の公式動画を見つけて、

10代の自分って、このビデオみたいな気分だったな。思えば遠くへ来た。」

…と感慨にふけったりしました。

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Monday, 10 March 2008

東京大空襲

今朝の寝覚め、両国の江戸東京博物館の夢を見ました。

夢の中の私は、空襲の展示物の前にいて、マグネシウム焼夷弾がどうの、集束焼夷弾がこうの、と、人に説明していたのですが(自分でも嫌な知識を持っていると思います)、

珍しい夢を見るものだと思いながら目を覚まし、ニュースを読んでいて、今日3月10日とは、東京大空襲があった日なのだと知りました。

Continue reading "東京大空襲"

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Sunday, 09 March 2008

眠らせてくれ

今日一日、深いことばかり考えていたので、あえて軽い話題で。

最近の管理人が心がけていることに、

「とにかく、意識して、充分な睡眠を確保する」ということがあります。

いいじゃないですか、

明日につながる今日くらい。

(瞬間芸的なギャグを飛ばしたつもり)

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Tuesday, 04 March 2008

取り扱い説明書メーカー

にはとり様から嬉しいコメントを頂いたのですが、何だか上手に言葉が出てこなくて、済みませんが少々お待ち下さい。

その間、他愛ない話を。

取り扱い説明書メーカー というものを見つけたので戯れにやってみました。(忘道となっている部分は、管理人の本名を入れた箇所です。)

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忘道さんをご使用する際には以下のことに気を付けて下さい。
・女性を近づけてはいけません。
・男性を近づけてはいけません。
・ごくまれに、数秒間ほど反応がなくなることがありますが、仕様です。

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また忘道さんを以下の場所でご使用にならないよう気を付けて下さい。
・汚いところ

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忘道さんが故障かな?と思われる場合は以下のことを試してみて下さい。
・ネコを与えてみて下さい。

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それでも忘道さんが正常に動作しない場合は。
・電池が入っていない可能性が高いです。

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【まとめ】

管理人の動作不良は、ネコを与えれば大抵、解消できるようです。あと、時々反応が無くなるのは、仕様だそうです。

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Friday, 01 February 2008

すごくへんなトンボ

連日最高気温が氷点下な今になって、あえて地球温暖化について考えてみるコネタ。

去年の夏、地元で電車(というか汽車)に乗っていたら、郊外のある駅で、黒いトンボが飛び込んできた。

バチバチと猛烈な音を立てながら高速で窓や扉のガラスに体当たりを繰り返すので、形状が定かに見えない。強いて言えばオニヤンマが横に太ったような、全身が真っ黒の、見たことのない種類だ。

ともあれ、あの調子で窓ガラスに体当たりを続けていれば、翅が痛んで再起不能になることは確かだった。

つまり、どうにかして逃がすしかないのだが、

飛んでいるままでは鈍くさい私には捕まえられないので(というか、公共の車内で昆虫を追い回す、危険な香り漂う不審者になりたくなかったので)、適当に裏技でプレッシャーを掛けて止めてから、

次の駅で、指でつまんで外に逃がした。

トンボの乗車駅から次の駅までの2~3分、手元で観察して驚いたのは、本当に全く見たことがない種類だったことで、

オニヤンマのような胴の横線が入っていないのは勿論、胴全体がやけに太く、体節の一個一個にミヤマクワガタの「耳」みたいな感じの装飾が付いていて、随分厳つい、熱帯的な姿かたちだった。

蜻蛉というよりdragonfly、という感じの。

近頃は地球温暖化のせいか、本来は外国にしか棲まないような虫が日本に飛来することがあるというけれど、あれも、その一匹だったのかも知れない。

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Saturday, 12 January 2008

谷川俊太郎の詩を思い出した

昨日貰ったコメントに返事をしながら、なんか谷川俊太郎の詩を思い出したので、彼の詩が数本載ってるリンクを貼ってみる。

谷川俊太郎/ポエトリージャパン 『ゆうぐれ』
http://www.poetry.ne.jp/zamboa_ex/tanikawa/2.html

(同画面右のリンクから、谷川氏の別の作品も5本位読めます。)

著作権の問題はあるだろうけど、こうやってサンプルを読んで引き寄せられる人も沢山いると思うから、むしろ宣伝になって良いんじゃないかと。

※08年4月付記:元々貼っていた2chニュー速の記事が消えたので、ポエトリージャパンさんに付け直しました。

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ちなみに管理人の小学一年の時の担任の先生が大の詩好きで、親も本好きだったので、管理人はその頃からこの人の詩を読んでいて、

『朝のリレー』等の優等生っぽい作品もいいと思いますけど

こういうエロスでタナトスでアナーキーでデストロイな作品群のほうが好きな小学一年生でした。

管理人の図太さは、ひょっとするとこういう土台のお陰なのかも。

お陰で今も、むしろ変な恥じらいのある人は下品だと信じていたりします。人命が掛かっていることに臆病風に吹かれるってのは、お子ちゃまなら兎も角、人間失格だと思うので。

旗幟鮮明なのが一番ですよ。

懐かしいものを思い出したな。

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ちなみに、そんな管理人は、かつて兄から

漫画『ラブやん』の天使に似ている

と言われたことがある。外見や行動パターンや、実生活に役に立つのか役立たずなのかさっぱり判らない人外能力などが、全般的に似ているらしい。

『お前が読んだら怒ると思うから読むな』というので実際には読んでないが、

ちょっと調べてみたところ、確かに自分ってこんな感じだと思った。

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Saturday, 05 January 2008

より上手く漂流するために

「元日からこのかた、2008年の計画を考えつつ、まとめられずにいる。」

…今日昼過ぎに上の一文を書いてブログの下書きに保存していたのだけれど、それだけで自分の情けなさが身に沁みたので、午後からは、一日&一週間&半年の計画を、それぞれ立てました。

結果、仕事のスキルを上げたいわ勉強をしたいわ身体を鍛えたいわという、自分のことばかりでテンヤワンヤな計画ができました。

それ自体まだ自己管理が下手だ、ということかなと思いましたが、

長期→中期→短期と実行可能な大きさまで落とし込んでいく技術については上達してきましたし、

そもそも、以前の、とにかく生き延びることだけに必死になっていた状態…というか、様々な目標や計画を、生きる意志を鼓舞するためだけに立てていたような状態に比べれば雲泥の差なので、

その期間を生き延びて、今の平和な状態までたどり着いたことは、自負して良いかな、とも思いました。

実際の計画について詳しくはここに載せませんが、

現在の日課や一週間の過ごし方を下敷きにし、この半年ばかりの生活の記録から「これはムダだな」と思えた部分について、改善する計画になっています。

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よく人生を波乗りに例える人がいますが、どうも管理人自身の人生には、波乗りの比喩は合わないような気がします。

波乗りというよりは、漂流という感じです。

人生が波乗りだった時期もあったかもしれないが、だとすると、どこかの時点で離岸流に攫われて、すっかり沖合に流されてしまったような感じがします。

”下手に潮流に逆らっても体力を消耗して死ぬだけなので、うまいことプカプカと流されつつチャンスを窺うのが、漂流のコツ。”

”陸地が視界に入っても、やはり潮の流れを見極めて動かないと徒労に終わるので注意。”

そうと判っているはずなんだがなあ、自分(笑)。

無駄な抵抗に美学を見出すような習性は、容易には抜けません。

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閑話休題。

半年間の計画の概要としては、

●4月までは

・職場での業務全般を復習し、他人に教えられる程度まで深める(早めに出勤して学習時間を捻出)

・新聞から、業務に関連する事項をスクラップし続ける

・武術については、(まだ月謝を賄えないので)以前に習ったものを復習(30分/日)

の三点に集中し、

●その他6月までの半年では

・節制を心がけると同時に、基礎体力をつける(一日2hくらいは身体を動かす)

・数学・物理・化学を、大学受験レベルで良いので一通り回し、復習(1.5h/日)

・英語についてはLancetかNatureの書き取り(15分/日)

・地学については用語集の音読(5分/日)

…ここで書けるのはこれくらいかな。

今やっていることと重複しますが、どれも定着させたい習慣なので、まあ良いや。

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余談。

時間管理の人気トピックとして、よく、「睡眠時間をいかにして削るか」というテーマが論じられますが、管理人の経験上最も確実なのは

午後10時前に寝ること

です。体質にもよると思いますが。

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Thursday, 03 January 2008

猫に会いに行けない

管理人にとって実家と距離を置く事の何が辛いかというと、猫に会いに行けないことだ。

我が家の猫は、今の猫を含めてここ三代くらいは、

・「猫又の一歩手前」

・「そこいらの人間よりずっと人間らしい」

・「人が寝静まった夜中に、こっそり二本足で歩いていそう」

・「実は、ネコにそっくりな新種のサルなんじゃないか」

・「実はネコではなく、マッドサイエンティストの手で改造された人間なんじゃないか」

・「実は妖怪なんじゃないか」

・「もし指があったら、お箸を使いこなしているはず」

と評判を勝ち得るほどどれも人間っぽい猫で、

私にとっては、なまじっかな肉親よりも温かい関係のある大事な家族だし、なにせ人より寿命が短い彼ら(今は一匹になってしまったが)なので、時々は顔を見たくなる。

そんなこんなで、

偶々ネット上で見かけた、我が家の猫に良く似た猫が出ているブログを、最近はよく覗いている。

年齢と、微妙な毛色の違いと、瞳の色と、好きなテレビのジャンル以外は、かなーり瓜二つ。

ヨレのω通信 powered by ココログ
http://nekopunch-yore.cocolog-nifty.com/blog/

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Wednesday, 26 December 2007

元気そうな母

昨日、やむをえない用事があり、実家の母に電話を入れた。

用事だけで切ったので、30秒も話さなかったように思うが、

母が(フワフワとでも)楽しそうに暮らしているのが判ったので、ひとまず安心した。

こうやって放置気味にすると、かつては

何か錯乱状態に陥っているんじゃないか?とか、変なカルトに走っているんじゃないか?とか、変な物を買わされそうになっているんじゃないか?と、わが母ながら心配でしかたないほどの人物だったので、

まだ半分、ぴんとこないが。

母の友人関係一つとっても、タダレた感じの奥様友達が多かった私の幼い頃と比べると、随分と、堅実な人々と付き合うようになっていることだし、これは

安心してよいのかもしれない。

今でも母は昔同様、行き当たりばったりで将来を考えない生き方の人だが、

「あたしはゼッタイ50才位で死ぬから。」という嘗ての予言が外れたお陰か、少しずつ自分が長生きする可能性や、健康管理の重要性や、老い支度について、考え始めている気配がある。

ま、気配だけかもしれませんが。

あと10年くらいは遠巻きに放置しておくほうが、お互いの為かも知れない。

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Thursday, 20 December 2007

大河ドラマを観る気がしない

12月20日22時付記:全面的に筆を入れました。

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大河ドラマ『風林火山』は一応(ものすごく一応)ご先祖がらみなのだが、結局、まだ、一度も見ていない。身内も、あまり見ていないらしい。『褒めるにしても貶すにしても、勝手なことしか描いていないだろう』というのが彼ら彼女らの言い分だ。

以前、別のご先祖絡みの映画が流行ったときも、同じような反応だった。

確かにどれも、あまり、見る気が起きない。

ただ、明治維新あたりから戦後しばらくまでは、武田信玄というと、極悪人として描かれるのが常だったため、

武田方と知られると『ああ、あのタヌキ親父のとこ?』と軽蔑されるのも常だったそうで、その意味では良い時代になった、程度には、思われているらしい。

ちなみに武田の遺臣は、織田の残党狩りを逃れた後は徳川に拾われる形で全国に散り、他家に仕えて武勲を挙げたり、礼法や武道で名声を得たりした人も多い。とはいえ徳川に恩義があることで、幕末には大体において佐幕側につき、そのせいか、維新以来の百年近い間、憂き目に遭っていた。

管理人の先祖は例外的に尊皇派についたが、やがて流人同然に北海道に渡った。

それでも、

蝦夷地に渡ったそういう武門の人々の大半は、例の誰一人幸福にしない身分というシステムから解放されたことが嬉しくて仕方ないようだし、

内地の人が、家柄がどうのと一大事のように騒ぐ様子を伝え聞くたびに気の毒で仕方なく思えたり、ああいう不便な場所には頼まれても戻りたくないわ、と思ったりする(もと大名の人などは、時々戻らなきゃならないわけだが)。

この嬉しさは、結構、みんなに共通しているんじゃないかと思う。

そのせいか、先日の報道で、徳川の子孫で前田家に養子にいった人を名乗る詐欺があったなどというのを聞くと、そういうものに無闇に憧れる人の心が、不思議に思える。

不思議というか、自称「英国のエリザベス女王とハワイのカメハメハ大王の子孫で米軍士官」の詐欺師なみにあほらしくさえ思えるが、

あほらしいなりに、敢えて、こだわりのあるツッコミを入れてみたい。

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そもそも、所詮お武家は北面の者なので、上流を気取ったり雅な社交をしたりすることは、あまり期待されていないと思う。

伝統だって雅だって、本来はお公家さん方の専門なので。

お武家では上位の旧華族たちをとっても、大名華族と、公家華族とは格が違う。一応は殿上人だったようなお武家でも、二条河原の落書で京童に笑いものにされた過去があったりするので、己の格式については、謙虚にならざるを得ないと思う。

別に普通の旧士族・卒族でも、その辺でたまたま知り合った人が実は自分たちの仇敵だったり、逆に相手が、実は昔自分たちが、女子供まで皆殺しにしたはずの一族の生き残りだったりしかねないので、気軽に身元を明かせない人は、多いんじゃなかろうか。

そういう、重くて面倒なものに、騙されるほどの魅力を感じる人がいるのか…。

というか、大半の日本人の先祖は侍以外なのだから、サムライサムライと騒いだり、浮かれた武士道に走ったりするのは、そもそもおかしいと思うのだが。

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さて、ドラマの山場だったらしい川中島の戦いについてだが、

炊事だろうが焚き火だろうが、いくさ場で迂闊に煙を立てると動向を悟られるぞ、特に奇襲の時にそんな真似をするのは最悪、とちっさい頃から叩き込まれている管理人は、ドラマの粗筋を読んだだけで観る気が殺がれた。

その辺りは現代戦でもタブーだと思うが、

鳥の羽音や虫の声にさえ神経を尖らせる昔の戦で、あれは有り得んわ。

糒とか、何のためにあると思ってるのだろう。

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Wednesday, 19 December 2007

公の場での親切と誤解

私は多分人嫌いな人間だが、

俗に言う「隠者タイプ」のギフテッドだからか、小さい頃から、赤の他人からいきなり相談事をされることが時折ある。

そういう時は、私も可能な限り熱心に返答してきたと思う。

その生まれつきの性質に加え、去年くらいまでは「自分も少しは普通の女の人のような振る舞いを身につけよう」と心がけていたからだと思うが、

(※注:管理人の考えていた"普通の女の人"→①文章に顔文字などを混ぜる。②語尾を伸ばす。③はっきり物を言わない。④目の前のどんな相手よりも自分を馬鹿に見せる。)

そのせいか、コメント欄に変な男子が来て、変に愛想を振りまきつづけたり、追い出されても居座ろうとしたりしたので、正直、極めて気分の悪い思いをした。

こいつが、なぜか管理人が医者志望だと勘違いをして(身近に学者がいないと、医学系研究者と医者の区別がつかないのだろう)、頼みもしない資料を送りつけてきて以来、「年上のお金持ち有閑女性が年下の男の子を探しています」的なスパムメールが、一日十通くらい来るようになったのは、ちょっとキモ面白かったが。

世間の普通の女の人は、こういう面倒臭さに耐えて生きているのか、辛い人生だな…と思ったら、普通の女の人っぽい要素を身につける気が、すっかり失せた。収穫といえば収穫だ。

ちなみに、管理人が赤の他人に親切にできるのは、たとえば実生活でカンチガイ君に絡まれた日には骨の一本でも折るか、関節の一個でも外す主義で生きているからだが(指の骨くらいなら本当に簡単に折れる)、

別に、好んで他人の骨を折る趣味はないので、いずれにせよ、良い気分はしない。

そのように、

凡そ良き一市民であるならば、公の場では、見知らぬ人間に対し可能な限り温かく親切に接すべきだ、という信念がある管理人にとって、先日の佐世保の一件で殺された女性の話は、あまり他人事ではない。

犯人のような奴が、なんで一々そういう人に逆恨みするのかというと、

「あんなににこやかに話を聞いてくれたのは嘘だったのか」とか、「自分の気持ちをもてあそんだ悪い人間だ」くらいに怒った……というのがこの手の犯罪の定石だが、

凡そある程度ちゃんと育った人間ならば、公の場で他人に親切にされるのみならず、親切にする側に立った経験も、多々あるはずだ(私でさえ、そうだ)。

その私心の無い親切を、理解できない下種もいるのかもしれないが、

目の前の客人がそのような下種だと仮定することさえ、礼を失すると考える人間もいる。

実際、私も去年にそういうミョーな勘違いをする人間を(ブログ上であっても)目の当たりにするまで、まさかそういう下種が、この世に存在しうるとは信じたくなかった。

彼女は、本当に運が悪かったのだと思う。

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補足。

このブログの場合は、

最初から男子だと名乗るなり、男子らしいHNをつけるなりしていたら、他の男性コメント人に対してと同様、さばさばした扱いをしていたはずだ。

女々しいコメントに女々しめに合わせてみたら実は男子と判りギョッとしても、

「オネエ系ゲイかもしれないから、親切にし続けておこう」と思うのが管理人だったりする。

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Tuesday, 11 December 2007

他人の「コイバナ」を聞いてみる

先日、職場で一人退職したのだが、どうやら恋愛関係のストレスで身体に不調を来たしたらしいと知って、微妙に驚いた。

何に驚いたかというと、恋愛なんぞという退屈そうな趣味をもつ人間が身近にいた、のも驚きだし、また、

その人と彼氏殿とが、どうやら深い仲だったらしいことには更に驚いた。

未婚の男女の不純異性交遊というのは、非行や心の病の一種だ、くらいに考えている管理人としては、驚くというよりまず、道徳的に感心しないというのもあるが(だって子供ができるんだぜ?)、

物凄く遠い世界の話のような気がしていたので。

ただ、去年の天の字のこともあるし、あんがい身近な問題たりうるのかもしれない。

本人は真面目なんだろうが、人生の連れ合いを探したければ親戚などに見合いを頼めば良いのだし、人は恋愛なんぞしなくても生きていけるのだから、

そういう自分の趣味で、悩みを抱えたあげく仕事にまで影響させるというのは、本当に良く分からない。

それでも、恋愛感情と言えるものを持ったことがない管理人が、そういう人の悩みの相談(というのか?)に乗れたのはちょっと面白かった。結構、一般的な処世術論で片付く部分があるのだと思う。

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Sunday, 02 December 2007

「あれで無事に育つのかと心配していた」

母方の親戚と連絡を取っていること自体は良いのだが、時々複雑な気分になる。

母が実家とはほぼ絶縁状態とはいえ、近場に住む親戚は、ときおり我が家を訪ねて、それなりに事情を知っている。

その中には私の母よりも20歳ちかく年上で、かつては母の母親代わりを務めていた人もいる。

彼女らにとって私の母とは、かつて戦時中に、栄養失調に由来する病気で、可愛い盛りのニ歳で死なせてしまった妹のあとに、戦後ようやく無事に生まれて無事に育った、大事な妹だ。

戦後の食糧難に、兄たちは空気銃その他で小動物を捕まえ、姉達は近郊の農家に頭を下げて回り、みんなで駈けずり回るようにして食料を集めて、母に食べさせ、育てた。

母はあまり痛切に感じていないようだが、基本的に、物凄く愛されている。

私自身の母への視線を「あほだけど可愛い、可愛いけど困った人」だとすると

伯母達の母への視線は

可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い ちょっとアホだけどああ可愛い可愛い可愛い勉強もできるし見た目もかわいいしセンスもいいし文句なしああ可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い …ってアンタ、あたしたちがこんなに可愛い可愛いっつってんのにいつまでスネてんのよ!!!でも可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いああ可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いほんとに可愛い  

という感じだ。

(戦後世代で色々と淡白な母にとっては、少々暑苦しいのかもしれない、と今思った)

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閑話休題、

彼女らは管理人のことも好いていて、私自身でさえおぼろげに覚えているに過ぎない昔の出来事を、かなり詳細に覚えていて、そのことに、未だに心を痛めていてくれたりする。

自分の幼少期の悲惨さを、他人の口から聞くのは、複雑な気分だ。

特に戦時中の悲惨さを知っている人からさえも悲惨と認定されるような幼少期だったのか、と考えると、判ってはいたのだが、愕然とする。やはり心のどこかで(自分の過去ではあるが)嘘であって欲しい、と思っていた部分があったのだと思う。

ただし、はっきりと判って安心できたことがある。

それは、自分の幼少期のような毎日は世間一般から見れば「苦労」であり、あるいは「悲惨」であり、事によっては「悲劇」とさえ言えるらしいこと、

自分の主観に過ぎないと思っていた「生き地獄」という感覚が、決して大げさなものではないらしい、ということ、

一部の人が知ったかぶりを言い張るような「みんなそれ位苦労している」「普通でしょう」「もっと苦労している人は沢山いる」というような甘っちょろい状態では、あまり、ないらしい、ということだ。

それらを明確に認識できたのは良かった。ちょっとフラッシュバック気味だが。

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今回、34年間抱え込んできた内輪の恥を表ざたにしたのは、自分の器量不足のようで恥じ入ること頻りだし、

(このブログでもそうだが)過去について一々泣き言のようなことを言うのは本来なら恥ずべきことだと思うのだが、

わざわざ恥を晒してまでも「自分の過去は悲惨だ」と認識することに、何の利益があるか?というと、

あの生活が、世の中では決して「普通」でも「常態」でもない、ということを確認できたことにある。仮にあれが普通だとしたら、それこそ、この先「普通」に生きていても、良い事などないだろうから。

自分の苦労が割とありふれた苦労であることは違いないにせよ、少なくとも、「時々来る大災害」程度には珍しい非常事態だったのだろう。

大災害の合間には平穏な日常があるように、私の人生にも、もしかすると、平穏な日常というのは存在しうるのだろう。

見苦しいのを覚悟で昔の愚痴など晒しながら、私はそれだけを、確認したかったのだ。

逆に、あれが悲惨なのだとすると、普通の人生というのは、楽しいに違いない。そう思うと少しは、生き延びた甲斐があるのかもしれない。まあ、もともと私は

あれしきで死ぬほど雑魚じゃないが(笑)

ともあれ、ちょっと悲しいにせよ、すっきりしたのは確かだ。

私には伯母たちがいて、運が良かった。

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Tuesday, 06 November 2007

暖房と乾燥の季節になり

すっかり暖房と乾燥の季節になったこの頃。

同僚の女性陣の「お肌が乾燥するよね」とか「暖房が当たって顔がガビガビになってる」とか「風呂上りに化粧品をつけずにいるとガサガサになるのよ~」とかいう会話だの、

はては男性陣までがこっそりとリップクリームを塗っている様子を見聞きする度、

普通の人って大変だなあと思う。

そういう経験が皆無の管理人としては、どういう不摂生をしたらそこまで不健康な皮膚になるのか不思議に思うし、

あの人たちは皮膚が不健康な割に中身だけは健康なのか、それとも体内感覚が鈍くて異変に気づかないだけのか、それはともかく元気そうでいいなあ、などと、複雑な気分になる。

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Sunday, 04 November 2007

誘拐されるわけでもないのに

先日、叔母の一人と会った。

私自身とこの叔母との仲は元々良いのだが、母は彼女らと絶縁状態だし、

特に今年は、この叔母の嫁ぎ先へ養子に来ないかという話もあったので(一応断ったが)、会う前日から少し、緊張していた。

別に誘拐されるわけでもないのに。

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Thursday, 25 October 2007

大人の学力低下

巷で噂の全国学力テストの出題例が今日の朝刊に出ていたので読んだところ、中学国語A[3](手紙文の末尾に、日付と先方の名前、自分の名をどういうレイアウトで並べるかという問題)に、引っかかるものを感じた。

問題文そのものが、何と言うか大人の学力低下を如実に示していると思ったので。

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Monday, 22 October 2007

新聞に入るパチンコのチラシ

このあたりの新聞には、平日に時々、大量のパチンコのチラシが入る。今朝もそうだったので好奇心に任せて数えてみたところ、24枚中13枚もあった。

よく言われることだが、

パチンコをする人々の大半は新聞など購読しないだろうから、こんなに金をかけて広告をうった所で、費用対効果は悪そうだ。

一度もやった事がない娯楽を貶すのは公平ではないが、

ああいう胴元の顔の見えない博打・・・要はイカサマを仕込まれても文句を言えない・・・に逃避するほどクサクサしているなら、勉強するか鍛錬するか、むしろ昼寝して英気をやしなったほうが安上がりだし、解決が速いんじゃなかろうか。

もし同じ金を出すなら、旨いものを食べたほうが脳の栄養にもなるだろうし。

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Tuesday, 02 October 2007

悪巧みをしているときが一番幸せそうだ

母は管理人と違って孤独に弱く、絶えず誰かとつるみたがる性質なので一人でおいていくのは心配でしたが(別れて暮らし始めて一週間と経たないうちに悪徳商法のブツを買わされそうになっている事に気づいたときは、流石にありえないと思いました。多分わざとやっているあたり、尚更ありえません)、

その直後運よく中学の同窓会の幹事役が回ってきたお陰で、今は楽しそうです。

今は、長年の別離の間にすっかりザアマス奥様と化してしまった旧友皆の化けの皮を剥がすべく、策略を練っています。

殆どの面子は地金が出たものの、未だに手ごわいのが二人ほどいるそうで、

曰く

母「あたしが小学一・二年で初めて遊びに行った時から、玄関にお母さんと並んで正座して『ヨウコソオイデクダサイマシタ』って三つ指をついて出迎えるような子だったからね。ザアマスが限りなく地に近いのよ。強敵よ。」

忘道「それは化けの皮ではなくて、地なのでは」

母「でもホントは面白い人だって既にバレバレだもん」

なにせ中学生だったからね、前は。

根っから奥様な人をいじって変なキャラにしようと目論んでいるだけにも見えるが、母はこういう変な悪巧みをしている時が一番幸せそうだ。

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Monday, 01 October 2007

作況指数

小さい頃、早起きの楽しみの一つが、当時NHKでやっていた「明るい農村」「明るい漁村」だった管理人は、今でも作況指数の発表に一喜一憂したりします。

特に水稲。

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Thursday, 27 September 2007

実は今日が満月

旧暦の八月十五日、旧暦で十五夜だから当然満月だろう…という事で一昨夜に空を見上げて「あれ?」と思った人は多いと思いますが、実は

満月は今夜だったりします。

===日常メモ

毎晩9時くらいには眠くなるので、できれば9時就寝・3時起床が楽な管理人ですが、勤め人をしていると、やはりどうしても、10時就寝4時から5時起床という風になってしまいます。まあしょうがないけど。そうやって時間を捻出しても、習字をする余裕さえ、なかったりします。

管理人はまだ、自分の時間の使い方がたいへん下手です。かつては時間の使い方マニアだったはずなのですが、あの要領を取り戻すのは、楽ではありません。

そんな訳で今日は、ろくに月も見ずにとっとと寝ます。

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Tuesday, 18 September 2007

ちょっと連勝した位で舞い上がるのは最悪

今日は父の命日なので、昨晩は珍しく、母と兄と三人揃って外食をした。

母は少しはしゃぎ気味で時折ヒヤリとさせられたが、それなりに和やかに場が収まったので、安堵した。兄はやや朦朧としつつも、F22のステルス性能の話などを、それなりに楽しそうに話していた。

軍事ネタついでの余談だけれど、今日ウィキペディアで見つけた「今の人は何も知らないのだね」を一個。

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Sunday, 15 July 2007

引越しと感傷

人というのは、丁度浜辺に打ち寄せられる海藻が波に揺られて絡んだり解れたりするように出会って別れるときもあれば、

一本の樹木を地面から抜いて他所へ移植するときのように、折角成長した多くの小さな根を、痛める事もある。

今の引越しの状況は後者で、為に、少々感傷的になっている。

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Wednesday, 11 July 2007

子供が医者になるのが嬉しくとも

留学中の級友だったリ・ジンは飛び級をして医師を目指すギフテッドで、入学時にまだ15歳と少しだから服も靴も一年のうちに小さくなるのだが、「下に弟たちが居るから節約しなきゃ~(笑)」と言って、あまり新調しようとしなかった。弟たちも秀才肌で、これから物入りらしい。

彼女の言葉に、十代だった頃の知り合いの思い出が被った。

ある日その知り合いは、「お金を掛けずに医師になる方法」の資料を熱心に読んでいた。ちなみに彼女の家はかなり成功しているお医者様で、子供が経費ゼロで医者になる必要などなさそうなので、別の級友が「なんで?」と口を挟んだ。

で、その理由。

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Sunday, 24 June 2007

早寝早起き&予告

しばらく快・不快の原始的な感覚に基づいて行動しよう、と決めた管理人は

やはり9時就寝・3時起床という禅寺のようなスケジュールが自分にとって一番快いことに気づいたので

今日はこの辺で寝ます。

コメントへの返事や、新記事は、明朝以降ということで。

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Thursday, 03 May 2007

おめでとう。

管理人はご存知の通り趣味とか思考回路がかなり男っぽいので、実のところ、話の合う女子仲間はほとんどいません。男子で趣味とか意思疎通がツーカーとかみあう人は、文字通りすぐに全員の名前を思い出せないくらい沢山、居るんですけどね。それこそ、物心つく前から。

ただ性別が違うと、心和む友情にほのぼのと浸りきるというわけにも行きませんし、なにより、生き方を参考にするうえで、限度があります。

こういうみょーな環境に生まれ育って、普通の生き方を手探りで試行錯誤している管理人にとって、生き方を学ばせてくれる同性の仲間が少ないのは、正直言ってきついんですよ。

ブログを始めた主な理由は「進路決定に向けて心の整理をしたかった」からですが、

もう一つ、広いネット世界だと生き方の参考になる女子の仲間を増やせるかなあ、という希望も、物凄く強く、ありました。

例えば府中ラグビー通りの管理人さんから、学ぶことばかりな管理人は、こういうしっかりした偉い人が、広い世間にはもっと沢山いるんだろうな、と思うわけです。

そして昨日、The reflection of JADEITEで、嬉しいニュースを読み、

やっぱりネットやってて良かった、と思いました。

人生は長距離走なので、たとえ会話はなくても、仲間が併走する影が見えるだけで嬉しいものです。

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Thursday, 01 March 2007

近況報告

他人にリーガルマインドだの、語義に注意だのと説教をしたのはつい先日のことだが、その直後に当の私が、法律に関してプロの他人様と真剣勝負をする業務に就くとは、

偶然とは面白い。

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Thursday, 04 January 2007

新年にあたって

一昨年のいつか、オタゴ地方某所で金鉱脈のありそうな地質を見た云々、という記事を書きました。

が、去年に学校で先生に教わったことによれば、「その地点では最近になって金鉱脈が見つかったけれど、深さと埋蔵量を考え合わせると採算が取れないと予測された」そうです。

微妙に使えません自分。

というわけで高校以来久しぶりに重力異常などを復習している昨今、皆様、あけましておめでとうございます。

(高校時代、物理と化学と地学を受講して、生物だけ無視していた私。)

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Tuesday, 31 October 2006

児童生徒の自殺の件について思う

七歳の時に、父親と母親の両方から同時に「死ねよ」と言われた管理人は、”馬鹿にしやがって。”、”おのれの無責任な言動が、どんな事態につながるか思い知らせてやる”、という青臭い意地で、自殺を図った。

固結び一つ上手に出来ない年齢で首を吊るのは無理だったし、また、包丁で腹を掻き裂く腕力だって無い自分の非力さに、気付かされた。

その後どうなったか、というと、私の件は家族からも学校からも、ただ、無視された。十に満たない子供でも抑うつ状態になることが、まだ科学的に認められていなかった時代なので、対処のノウハウも無ければ、対応できるプロも無い。その辺りの事情はかねてから理解していた以上、期待などなかったし、従って落胆もなく、泣きも怒りもしなかったが。

ただ、両親の幼さを見切れたことは、収穫といえば収穫だった。

後に成長した親は置いておくとして、辛かったのは、私の軽率な行動で、担任の先生を困らせてしまったことだ。表面上は一言の慰めもなかったが、無視というより、心底悲しくて言葉が出てこない、というご様子だったので。

例えてみると、救急医療の技術を持たない人の面前で、子供が事故に遭い、重傷を負った場合に似ている。助けたくても、触ることさえ怖いし、事故を目撃しただけでパニック寸前で、落ち着いて対処できないという、そんな状態だ。

どんなに人格が優れて能力がある教師でも、対応のノウハウや、バックアップの体制がなければ無力な場合があることは、彼らのために力説しておきたい。

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余談だが、まだ二十代後半のお若い先生に、自分の至らなさから、不要な無力感を味わわせてしまった、と七歳の私は悔やみ、これから先は決して苦境を表に出すまいと、心に決めた。

また、なんとしても生き延びて、いつの日か幸せになった自分を見せ、安心させて差し上げるのが私の責任だ、とも思った。それが私なりの償い方で、二十数年経った今も、正直言ってこれだけを動機に生きている。

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Thursday, 26 October 2006

ちょっとシャウトしてすっきりしたい

大事なテスト前なのに、頻繁に更新している理由は、マイ母が例の、密教かなんかを半端にかじった女先生と切れていない、ということに気づいて、気分が悪いからだったりする。

そもそも管理人と母は、オカルトに対する立場が正反対で、「訳のわからないことを人にするのは反則だろう。」と思っている私VS「いいじゃない、楽しいんだし」と無邪気な母、という対立の構図だ。私はそんな彼女を内心、「わが家の歩く幻魔大戦」と呼んでいて、なにかと喧嘩が絶えない。(比ゆが80年代) 

一々目くじらを立てるのには理由がある。まず、他に現実で為すべきことがあるだろう、と言いたいし、加えて彼女はこれまで、ただでさえ大変な我が家の、辛い時期にもれなくその手のトラブルを持ち込み、さらに訳の分からない事態にしてきたからだ(受験の時の件も、なにげに危なかった。)これが実は、管理人のトラウマの二割くらいを占めていたりする。

二度あることは三度あるという通り、これからもずっとこの調子かよ;と思うと、暗い気分になる。

(以下、オカルトが大丈夫な人のみ、反転してお読み下さい。)

じ「その先生は密教というより●●でしょう。わたしじゃなくてもそれなりの人にはバレバレの雑魚レベルだよ。そのくせ安易に人を呪ったりするし。」

母「うん、陰陽道っていってたし、そういう人だよ~」

じ「七年修行した奥義をあなたにだけ教えるわ、ってのも、よくあるホラだよ。というか大変なことになりかねないって知ってた?」

母「ま~ね~」

じ「こないだ、「こういう話は人前でするもんじゃないって気づいた」って言ってたよね?ふつうの日常の感覚を大事にして、人らしく真面目に生きなよ」

母「真面目に生きてるよ?でもさ、なんか楽し(以下略)」

「ま~ね~」じゃない。あと、多分まじめに生きてない。

私の人生に、これ以上、ひと様に説明しづらい苦労を増やさないでくれないかな。

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Friday, 20 October 2006

勉強及び武術での自己管理について

ニュージーランドに来て覚えたことの一つに、自己管理というのは、より幸せな人生を送るために存在する、ということがある。

質の良い睡眠と食事、適宜の気晴らしを確保することはまず、必須だ。また、学校や職場だけで人が生きているわけではないので、家庭や共同体へ、時間と労力を割くことも欠かせない。

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Wednesday, 04 October 2006

初めてのフラット生活の感想、まとめ

半年以上過ごしたこのフラットでの生活も、11月の試験までのあと僅かだ。

もともと私用で人と打ち解ける習慣がない管理人は、
外から訪ねてくる友人は、皆無だし
ここの人たちとも、個人的な会話はしないので
単なる謎の人だと思われているかもしれないが、個人的にはいい環境だった。

ただ来年から、家賃が週当たり10ドル上るので、
これを切っ掛けに、ベジタリアン向けの、もう少し家賃の安い、すこし緑の多い地域で、かつ武術教室にも近い場所を探そうと思う。

(注:管理人は、普段は菜食中心に暮らしている。何が悪かったのか、実際にこれで体調が回復したので。今でも、動物性たんぱく質を多食すると、もれなく調子を崩す。)

ほかの日本人学生と住もうとは、あまり思わない。

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Monday, 04 September 2006

気晴らしを生活に組み入れることの利点

昨日は十時過ぎに就寝、今朝は四時に起床。

ぼさっとしたり、生物の復習をしたりし、六時半からUnipol(大学の体育施設)に行って、カーディオを漕ぎ、その後はひたすらキック用のサンドバッグを蹴ったり突いたりしているうちに、窓から明るい朝日が差し込み。

(管理人はサンドバッグが好きです。遠慮せずにすむので。)

朝一から夕方まで、昼休み以外は授業続きの日だったこともあり、今現在(十時直前)は、順当に眠い。昨日と同じ。

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今日の収穫は、放課後に学内のStudentLearningCenterで読んだ、勉強のコツの本。勉強のコツ、だけならこれまでも多数読んできたけれど、この本の特徴は、上手な気分転換や、ストレス管理のコツを、真面目な心理学ぽい視点から述べている点にある。

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言葉を替えれば、管理人は、気晴らしの方法を勉強するために、いちいち本を読んだってことですが。というわけで、こまめな娯楽を生活に組み込むことについて、納得のいく利点だな、と思ったものを紹介してみます。

・こまめに締め切りを設定するため、集中力が発揮でき、能率があがる

・限られた時間内で作業を終わらせなくてはならないので、前もって計画を立てることが必須→→計画を立てる技術が身につく。

・気晴らしの前に作業を終わらせなくてはならないという意識から、自己規律が身につく。

・勉強の、初めと終わりは集中力が高まる→こまめに休憩を取ると、初めと終わりが沢山出来る。

というわけで今日もこれでお休みなさい。

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Saturday, 02 September 2006

丑三つ時に猫と散歩。ドクガに遭遇。

実家にいたころ、時々、猫と一緒に散歩にでた。いま家にいるなが猫は、管理人を散歩に連れ出すのが特に好きだ。

なが猫は、なぜか私の先にたって歩かないと納得しないので、大抵、かれの興味があるものに、一方的に付き合わされることになる。

とはいえ、猫にとって萌えーな風物が、人にとって面白いというわけではないので、すまないけど微妙に面倒、といえば面倒だ。

「これがね、これがね、いいんだよ♪」という顔で人を連れて行く先が、花盛りのワスレナグサの花壇とかなら素敵だが、逆に

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Thursday, 31 August 2006

イスラム呪術&身近なそれぽい出来事

学術英語の授業で、プレゼンに慣れようという課題が出ていて、

昨日は、同じクラスの女子、アラビアから来たタズニムが
「Spirit」という題の発表を行った。

具体的な内容は、イスラム圏における「霊魂」や「精霊」の概念と
精霊を使役する呪術など、人との関わりについて、というもので、
初めはトンデモかと思ったが、それなりに面白かった。

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