Sunday, 03 February 2008
Saturday, 29 December 2007
卒意と言うこと
藤原行成について先日の記事で、「かな文字よりも漢文のほうが出来が良く見えたりします。なぜだろう。」と触れた後に
ふと思い立って調べた所、現存する彼の作品の内、明らかな真跡は漢字のもののみだとかで、
やはりなあ、と思った。
彼の手になるとされる作品のうち仮名文字は、
例えば、「上手に見せたい」という気負いや「どうです?私の字は巧いでしょう」という気取りの漂うキザな筆跡だったり、
或いは、
まるでウラナリの坊さんか尼さんが、諸行無常を託ちながらも憂き世の見栄に囚われつつ筆写したような、生気もなければ覇気もない、鬱々とした筆跡だったりする。
あれらが仮名文字の鑑として人口に膾炙していると聞いても、これまで私には、どこがどう良いのか判らなかった。
今般彼の漢字をじっくり眺める機会を持って、あの品の良い豪放さや、健康な精神性がありありと伝わる筆致は確かに稀有だと思ったし、この人物と、あの仮名文字の退屈そうな御仁が同一とは、やはり思えない。
要は、「彼の」仮名に漂うキザな暗さが、漢字には全く無いのだ。
習字を始めた頃の書道の先生や、小学校一・二年の担任の先生から教えられて以来、私も重々自戒していることだけれど、
書に限らず全てにおいて、
卒意とは、極めて難しいが、不可欠の要素だと思わされる。
Wednesday, 12 September 2007
「歴史の英雄に学ぶ○○」というものが嫌いだが
日経ビジネスオンライン、というサイトが割と好きで欠かさず見ているが、読み飛ばす連載も幾つかある。
リーダーの資質について歴史小説作家が語るコラムなど、歴史フィクションの大仰さが嫌いな管理人などは元来避けるのだけれど、今日は何となく、これに茶々を入れたい気分になった。
ナポレオンがロシア遠征に失敗した際の話で、個人的にお勧めの読み所は、フランス軍(というか大陸軍というか)の明らかな失策に関し、あれこれと弁解がましい点だ。ネタの仕入先が、フランス寄りなんだろうか。
さて、ロシアが侵略を受けた際のお家芸を大雑把に言うと
①攻めてきた敵方を領土内の、出来るだけ深部におびき寄せる
②敵の補給線を可能な限り伸ばしきり、焦土作戦を取る等で消耗させつつ粘る
③どうにかして半年くらい頑張れば冬将軍が来るので、
④侵略者には凍死してもらう
という奴で、
逃げ回るロシア軍を追いかける事ほど怖いものはない、と言って良いと思うし、仮にそんな予備知識がないとしても
敵を深追いすること自体、常識に照らして馬鹿げているのだが、
この単純な策にまんまと嵌められて、いいように引きずり回された挙句に惨敗を喫した当時のナポレオン側について、書きようによっては弁護できるのだなあ、と、変に感心させられた記事だった。
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「歴史上の英雄に学ぶ」風の読み物を見かける度に、その大仰で軽薄な様子…というか、例えて言えばローマの闘技場で殺し合いを眺める市民の興奮に輝く眼差しのような浅薄な態度には、辟易させられる。
ましてナポレオンのように、革命後の混乱に乗じて強権を握った専横の人物を、平和で全てが膠着化した現代の人々がなぜ持てはやすのか疑問に思う私としては、
強いて言えば、目先の勝利に拘らずに劣勢を打開したロシアのバルクライやクトゥーゾフに、学ぶべきものを見る。
Saturday, 05 May 2007
Friday, 04 May 2007
「祭姪文稿」臨書中。未だに。
魂にして知有らば、久しく客たるを嗟く無かれ。嗚呼哀しい哉。尚(こいねがわ)くは饗けよ。
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小学校に上ってまもなく、平たく言えば六歳の頃、学内で祝い事があり、記念に硯箱を貰った。
硯箱、と言っても端渓が似合うような洒落た品ではなく、合成樹脂で実用本位に出来ていて、表面には達磨と「七転八起」の文字を浮き彫りにした、ありふれた意匠が施されている。
担任の先生は硯・筆・紙・墨の文房四宝がどうとか軽く説明をした後、確か、こんなことを仰った。
「習字というのはお手本や、先生の字に似せて書くように教えられますけど、いつまでもお手本や先生に囚われたままじゃあ、単なるニセモノで終わりますし、第一そんなのは、見てて詰まんないですよね?頑張って先生をぶっ飛ばしてやろうとか、お手本なんぞぶっ飛ばしたい、て位のキハクで、丁度いいんですよ。まだ、子供なんだから。ぶっ飛ばされてしまうお手本や先生なら、所詮はそれまでってことです。」
長い髪を揺らして温かく笑いながら、先生は続けた。
「学生にぶっ飛ばされそうになるのを嫌がるセンセイ、ってのも多いですが、そんな人は、教師とは言えませんから注意してくださいね。 昔の言葉に出藍の誉れ、というのがあって、(以下略)」
今にして思えば、六歳の子供に、随分高尚な話をなさったものだ。
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祭姪文稿、というのは「ぶっ飛ばし」ようのない、手ごたえのあるお手本だが、書くものの精神と格闘するような部分がある。(空海などが顔法に凝っていたのは、その為かもしれない。)
書いていて疲れてきたので、ひとっ走り墨と旨いカリントウでも買いに行こうと思う。
Monday, 19 March 2007
モテじゃないならどんな人になりたいか、というと
エレガントなおばさん&おばあさんになるのが小さい頃からの目標の一つです。
例えばファッション。良い生地や仕立ての服なんて、若い人だとどうしても着ると言うより「服に着られて」しまいます。頑張って一応着こなす人でも、TPOがつかみ切れないものですし。
いかなる状況下でもビシッと着こなしながらも、余裕を失わない。それには、年の功が欠かせないと思いつつ、育ちましたからね。
Sunday, 15 October 2006
「歌う君を、みた気がする」
ルートバーンでの山歩きをキャンセルして書き上げた長文エッセイを、金曜に提出。解放された気分で、けれどなぜか、REMの”Losing My Religion”を口ずさみながら、フラットに戻る。
夜、大学のライブハウスから、野郎共の咆哮…もとい大勢の歌声で、聞き慣れた旋律が響いてくる。聞き慣れた、というよりも、昼にわたしが歌っていた”Losing~”そのものを、今夜どこかのバンドが演奏していて、それに観客の大合唱が起きているのだ、ということに気づく。
”それは、追い詰められた私。スポットライトを浴びて/信じるものを失いながらも、視界は失うまいとしている。まるで頑固な、迷える、盲いた、愚か者のように。”
”歌う君を、見た気がする。/笑う君を、見た気がする。/そうしようとして努力する君を、みたような、気がするんだ。/けれどそれはただの夢/努力し、泣く。泣いて、また努力する。/けれど、それもただの夢、ただの夢。/夢。”
このあたりの歌詞にはとりわけ、声が集まる。
元うたは92年頃に、ソビエト連邦の崩壊に触発されて書かれたものらしいけれど、別にその時代を知らなくても、この歌に青春(じゃなくても)の理想とその挫折を重ねる人は、多いんだろうな、と思う。
Friday, 08 September 2006
ピアノレッスン、付け焼刃。
昨日記事の、おまけ。
管理人が幼い頃、ピアノを習い始めたのは、そのまえに音楽教室に通った兄が、数ヶ月で飽きてやめてしまい、母がしきりに残念がっていたので、じゃあ、私がかわりに。と思ったのがきっかけです。
兄の時は、毎日楽しげに練習によりそっていた母が、ことが私となると無視どころか罵倒さえするので、不思議でしたが、まあ親とは、同性の子供には厳しいものだと当時から納得していたのでノープロブレム。
ただ困ったのは、練習が思うように出来ないことです。あの手のものって、何度も同じフレーズを練習しますよね? これに、時々母がかんしゃくを起こします。とは言え、練習しないと、それはそれで、怠けるなと怒るのですけれど。
で、気をつかって、隠れて練習すると、練習する音が聞こえない、さぼっているんだろう。と叱られます。怒ってたから隠れて練習するようにしたよ。というと、うたがって聞き入れてくれないか、あるいは、少し怒られたって気にせず練習しろ、と怒られます。
その通り気にせず練習すると、こんどは、こないだ叱ったのにまた同じことをする、と言って罵倒されます。最後通告だ、とまで言われると、あとが有りません。
まあ、たとえば、ウェーバー「魔弾の射手」から「狩人の合唱」ばかり、納得できる演奏になるまでずっと、スーパーエンドレスリフレインリピートで聞かされると、そりゃあ弾くほうは楽しくとも(注:あの曲はほんとうに明るくて楽しい)、聞かされるほうは辛いでしょう。
あと、練習を中断しても、管理人自身が、♪ヴァスグラーイヒト♪とか歌い始めたりしますし(注2:もとは男性合唱曲だが、自分でアルトに転調してみた)。ともあれ、「楽しい曲だからね」とか、「納得できる音が出るまで繰り返すんだよ」とか説明しても、言い訳だ、わがままだと怒鳴られます。
じゃすみんさん、ぴんち。
困りましたが、「森の中の廃屋にピアノが~」なんてお話は、無いですからね。
そんなこんなで、レッスンはサボりがちになりました。いっそ止めたいとも思いましたが、お前のわがままで始めたんだから続けろ、と罵られるので、なかなか止められません。そんなこんなで、さぼりつつも、時々はやめに教室に出かけて、教室の備品のエレクトーンでの即日仕上げ&演奏テスト一発クリア、に挑むようになりました。
いつもはマダムな先生は、ピアノ教師の常として、ピアノの前に座ると人格が凶暴化するので、ドキドキものでした。母と先生の、恐怖の板ばさみ。「前門の虎、後門の狼」という慣用句の意味が、身に沁みた瞬間です。
ただそれも五年目辺り、洋書の教本を何冊かこなしたあたりで、ちょっとつらくなって来ました。毎日欠かさず練習することが、欠かせないレベルに入ったからです。
しまいにはやる気をなくし、エレクトーンでの練習さえ抜きで、ぶっつけ本番に挑む…というか、テスト本番で一度失敗したあと、先生が演奏してくれる手本を一二度聴いて、それを耳コピすることで、テストをクリアし続けていました。
だから最後のころは、演奏こそ高度になっても、譜面を読む能力は落ちる一方で。
それが続いて、さぞ先生の不興をかってるだろうな、と身構えていたら、ぎゃくに奇妙に感心されて、音大に行きなさいよ、と薦めて頂いたりもしましたが。とはいえ、中学に上ることを口実に教室を辞められたときは、ほっとしましたね。綱渡りのようなレッスンが終わって。
良い思い出なのか、悪い思い出なんだか。
そうやって七年間ならい続けたピアノですが、中学に上って半年くらいで、人差し指で猫踏んじゃったを弾くことさえ、出来なくなってしまいました。あと、一応絶対音感は身に付いたらしいのですが、ドとかレとかミとかいう名前はよくわからないし、楽譜を書きも読めもしなくなったので、意味が無かったり。
本当に毎週、付け焼刃だったんだなあ。
Sunday, 20 August 2006
武術昇級試験と、成分&姓名判断
武術の昇級試験が終わり、一日、ぼんやり過ごす。一応あった、ジムへ行こうかな、というプランは、自分で却下。
ボーっとネットを見る。観た内容といっても、成分は
③駒大苫小牧VS早稲田実業の甲子園決勝 2%
②パラグアイの元独裁者、ストロエスネル氏の死亡記事 3%
①デイリーポータルZ 95%
という内訳で、まさに休み。
ちなみにこの間、同居人のサマンサがPCを使いに部屋を訪れたが、それはウマイコト②を観ているときだったので、真面目な人間だなあ、と良い感じに誤解されたかもしれない。(余談だが、母の幼馴染には、パラグアイに移民し、ストロエスネル氏の下で死にそーになった人がいる。)
明日からまた忙しい学校が始まる、ということで、一日時計を気にせず、何もしない状態も乙なものだった。生産的な作業といえば、週明けの弁当の下ごしらえくらいかな。
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ところで試験は、他の教室との合同で、体格や戦法が自分と似た生徒が二・三人見つかって、いい勉強になりました。
白帯の試験終了後も居残って、ベンチに腰掛けて見学しながら、他の級のワザをちらちら真似しつづけること、約三時間半。あまりスポーツ化していない武術なので、割と初級でも、
①右腕を背後から相手の首に回し、気道を圧迫 ②同時に、相手の背中と自分との間に左手を差し入れ、相手の肩甲骨の合間を圧迫。(←ほんとうなら気絶しますね、これ。)③相手が落ちた所で、顔面か首に止めを刺す(←試験では徒手だけど、たぶん小武器を利用する動作)。
というような動作の審査があったり。(今日は見ていないが、髪をつかんだ状態での格闘などもあり。)
それを一々、頭と身体で覚えようとしていた訳で、たかだか計四時間半、とはいえ、疲れて当然かもしれない。
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≪今日のこねた≫
管理人の「戦国武将解析による解析結果」
46%は風魔小太郎で出来ています
46%は服部半蔵で出来ています
4%は豊臣秀吉で出来ています
4%は猿飛佐助で出来ています
------4%の秀吉以外、武将というより、むしろ忍者分析。
「銀魂解析」
51%は土方スペシャルで出来ています
45%は星海坊主で出来ています
4%はお妙で出来ています
-----確かに嫌いじゃありませんけどね、マヨネーズ。 刺身をあれで食すのとか、好きですし。でも人間性の51%を、土方スペシャル=マヨが占める、ってのは幾ら何でも、言い過ぎかな?
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≪こねた2:姓名判断、波乱万丈編≫
父母が 頭かき撫で 「幸くあれ」 て 言いし言葉ぜ 忘れかねつる
そんな防人の歌みたいな、人生とゆーグレートアドベンチャーの旅立ちに、親がくれる贈り物、それが名前!
別に迷信ぶかくない管理人の母ですが、世の習いとして、一応は姓名判断を参考につけた、という話なので、ネットで自分の名前を調べてみました。結果、大体どの流派でも、以下のようなご託宣が下ることが判明。
万事叛乱型[大凶]
英雄・豪傑が多く出ます。しかし運勢は、奇怪、波乱、悲劇を暗示しており、非業の死を遂げるような人物が多くいます。生涯を通して浮き沈みが激しく、波乱万丈の人生となるでしょう。目標が大きければ大きいほど激しい転落を迎えることになります。実力があるため、少々自信過剰で無理に進みすぎることが多く、その分、被害は大きくなります。
不運から逃れる方法は、まず人の役に立つことを目標にすることです。そして常に慎重に行動することを心がけ、自分ひとりで何でも決めるようなことは避け、信頼できるアドバイザーを見つけることです。
傍線筆者。……気の弱い子だったら、泣くと思う、これ。(遠い目)
ちなみに結果文は、こちらのサイト様から。
Sunday, 04 June 2006
音楽に、愁殺。
小さい頃、クラシックを聴くことが多かった。
ただ単に、親のコレクションがクラシック中心だったからだが、その中に、ラジオから録ったシューマンの弦楽曲が一つあった。ロマン派らしい、ドラマティックな短調の曲だ。曲名は定かに覚えていないけれど、たしかパーソナリティさんが番組のなかで、「晩年に書かれたが、余りにも技巧を凝らしているため、演奏困難とされ、長年埋もれていた」とおっしゃっていた事から推測するに、例の、バイオリン協奏曲なのだと思う。
ある日、はっきり記憶に無い幼い頃、いつものように管理人がこの曲を聴いていると、ふと父が寄ってきて、「こういう曲を書く人間が、気が狂ったってのは、当然な気がするぞ。」と、言った。父によれば、高名な作曲家には、繊細な神経に過酷な創作が加わるせいか、心の安定を保てななかった人間が多く居り、シューマンも、その一人に入るらしい。
Sunday, 23 April 2006
拙訳"All Along the Watchtower"
「見張り塔からずっと」 ボブ・ディラン
「どうにかすれば、
ここを抜け出せるはずなんだ」
道化師が、盗人に言った。
こうまで、色々と混乱してるんじゃあ
僕は、釈放してもらえそうになんか、ない。
あきんどどもは、うちのワインを飲んじまってるし
百姓たちは、うちの畑で耕してる。
しかも、やっこさんたち、誰一人として、
それがいくらするのかさえ、これっぽちも
知らないときてるのさ。
------
「ムキになったって、意味ねえだろうよ」と
盗人が、優しげに言った。
ここらには、生きるなんてただの冗談だと
思ってる奴らは、山ほどいる。
でもよ、俺もお前も、もう
そういうのは卒業したはずだろう?
俺らの運命が、こんなので済まされていい、はずがねえ。
だから、今は、しけた話はやめとこうぜ。
夜も遅いことだし。
-----
監視塔からは、その間も絶えず
王子たちが、辺りを警戒していた。
侍女たちの出入りは、全て確認されていた。
裸足の下僕たちの出入りも、同様に。
城の外、その遠くで
一匹の山猫が、たしかにうなった。
馬に乗った、二つの人影が、近づくに従い
風が、吠え始めた。
Wednesday, 01 March 2006
ゲーテ「月に寄せて」
昨年の七月、ダニーデンからクライストチャーチまでを北上するバスに乗った。丁度夕刻で、夜空には大きな月が浮かび、平野にはカンタベリー平野独特の急流が光っている。
ここの流れは余りに急で冷たく、かつ予測不可能なので、交通を徒歩や馬に頼っていた時代は、数多くの旅人の命を飲み込んだのだそうだ。
地質としては基本的に、氷河で削られた古期造山帯の一角で、氷河の名残のきめの粗い土砂(?)が谷底に堆積している、そんな感じの土地だ。そのため、さらによく観察すると、川底のあちこちから大量の地下水が湧出しているように見える。表層を流れる川の真下に並行する形で、伏流があるのかもしれない。
旅人と月と川、ということで、杜甫の「旅夜書懐」を思い出したり、あるいはゲーテの「月に寄す」を思い出したりしつつ時間を過ごす。途切れ途切れにしか思い出せないのが、浅学の辛さだが。
けれど、最近はネットのおかげで、一節さえ覚えていれば、ウェブ検索で全体がわかるようになった。
というわけで、ゲーテの「月に寄せて」を訳してみる。管理人が初めてこれを覚えたのは小学校高学年あたりで、当時の本では「月に寄す」と題し、格調高い文語体の訳が付いていて、まさにドイツロマン主義という感じだった。いつか自分も、ああいう訳を出来るようになりたいものだと、心の底から思う。
管理人としては一人称「わたし」が自然だけれど、なんだかキザになってしまうので、今回は青年ゲーテっぽく、口語体+「僕」で訳してみようと思う。あと、今回はナマイキにも、原語の語順を出来るだけ尊重してみた。
よく見るとゲーテっちは、お題の月については初めの二節しか書いていなくて、あとの大半は川に寄せたコメントだったりする、点が、管理人としてはちょっと謎。
Friday, 23 December 2005
「桜桃の味を、忘れてしまうのか?」
前述の、今回捨てた不要な絶望のうち、わたしに大きな影響を与えていたものを挙げてみます。
今となっては昔話ですが、
記憶する限り昔から、小学を卒業する頃まで、管理人の脳裏では、下記のシーンに似た思考が、出口のない堂々巡りをしていました。
神学生:「他人を殺すことも、自分を殺すことも、同じ、殺人という大罪です。」
男:「けれど、不幸であるということも、罪じゃないか?」
不幸な人間は、それだけで家族を、友人を傷つける。
大事な人を傷つけることは、大罪だろう」
だから、頼むから誰か、誰にも分らないようにわたしを消してくれ、と。
アッバス・キアロスタミ作「桜桃の味」という、名高いイラン映画を観ました。
Monday, 28 November 2005
ジュリアン・レノンのこと
今日は少しネガティブなことを書いてみる。
このブログに訪れるような方は、かなりの確率でジョン・レノンが好みだと思う。
わたしに関して言えば、ジョン・レノンは
どうしても好きになれない。
音楽的には、たしかに悪くないと思う。それでも、
「彼は天才だ」という信仰にも似た巷説については、
彼の全ての曲が、無条件に肯定しているとは思わないし、
Friday, 11 November 2005
秋の夜長、リルケの詩を唸る
木の葉が落ちる 遠くからのように
否むような仕草で
まるで、彼方で天上の庭が
末枯れていくかのように。
そして夜になると重い地球が
星々を離れて 孤独の中へと落ちていく。
僕らはみな、落ちる。
ここの 両の手が落ちる。
ほかの人を見てごらん。
みんな落ちるのだ。
けれどその先に一人の方がおられ
この落下を、優しく両の手に支えてくださる。
――ライナー・マリア・リルケ
先だって、ドイツ語といえば今はもう
Tuesday, 01 November 2005
フェニキア文字 - Wikipedia
リンク: フェニキア文字 - Wikipedia.
10月に筆者が行った勉強は、主に2点有ります。
前半のTOEFL受験が一つ、
後半は中国語の復習と、ハングル文字の習得です。
ニュージーランドでは、英語だけではなく、ハングルと中国語が出来たほうが楽しそうだ、というのが動機ですが、
ハングル文字、習得がむっちゃくちゃ楽でした。
元々「数日で習得できる文字」という号令のもとに作られたとの事で
Tuesday, 25 October 2005
Courier to Hell
先日、文楽「冥途の飛脚」を見に行き、
主人公、忠兵衛の
キャラクター造形にえらく衝撃を受けて帰ってきました。
意志薄弱で優柔不断な、独り立ちもしていない青白い若者。
あまりにフラフラしているので、
家業=両替商のおつかい一つ、ろくに遂行出来ません。
そのくせ、
Monday, 24 October 2005
ネット時代の恩恵/ミサイル守(みさいるもり)
コンビニの食玩コーナーで飛行機模型を見ていたら、ツポレフ144型の
NASAモデル とかいうのがあって、少し頭が混乱。ロシア機に強いじゃすみん兄のヘルプを頼みたくなったけれど、ふと気がついたことが
ああ、ネットで検索すればいいんじゃん。
ということだ。
ああもう、なんって幸せな時代に生まれたんでしょう。そして管理人は平和主義を唱えるくせに、何でこう武器/兵器が好きなんでしょう…要はガキなわけですが。
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ちょっと小話。以前の核ミサイルの記事にも関連するけれど、ソビエト連邦が崩壊した時に観たTVの思い出です。
ロシアの長距離ミサイルの基地は、シベリアの奥地などを含め、全土に散在していました。したがって、人里はなれた発射台などだと、何十年もの間一人のおじさんが、あたかも辺境の燈台守のように、来る日も来る日も一基の大陸間弾道弾を保守しつづけるという、ちょっとシュールなことがあったようです。
おじさんは、TVスタッフを連れて、サイロの底部へ入っていきました。井戸のような形状の上から底まで一杯に昼の光が差し込み、白く輝く、象牙で出来た巨大な塔のような、(筆者がかつて手で触ったことがある=自慢=、サターンV型ロケットよりデカそうな)ICBMを照らしています。
「こんなに、綺麗なのにねえ」おじさんは、そう、ポツリといいました。
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ちなみに筆者の旧友には、就学児向け知能検査でIQ40というスコアを叩き出した逸材がいます。いまは、地球のどっかで航空宇宙工学をやっているはずですが、元気かなぁ。
Monday, 17 October 2005
TOEFL任務完了♪
TOEFL、無事に済ませて参りました♪ 地方都市なので、ペーパー式です。
時計を忘れた、とか
作文が必須だとは知らなかった とか
50問だと思っていたリスニングが、実は70問に増えていた、という
わたしらしいウカツが色々とございましたが、
模試の読解と文法では暇つぶしに困っていたオレサマなので、
時計ごときは、逝って良し。
と豪語しつつ、冷や冷や。
Tuesday, 11 October 2005
「ファウスト」にならずに済んだ…?
「似ていないのか、お前に。
神の似姿たる、この俺だ。
それが、お前にすら似ていないとは!」 -----ゲーテ「ファウスト」より
以前に触れた、父さんが死ぬ直前に読んでいた
スイスの国際法学者ヒルティの日記、
「眠られぬ夜のために」には、
いくつか、名作から引用した箇所がある。
例えばニーチェが、生きることに疲れたと弱音を述べた後
「けれど、わたしにはワーグナーしか居なかった」と語る箇所だ。
氏はこれを、自分への戒めとしたかったらしい。
Saturday, 01 October 2005
おしゃれと姿勢
「アジア人同士の見分け方」
とある、ニュージーランド好きの日本人が集う掲示板に、
そんなスレが立っていました。日本人=ゴージャス、他のアジア人=ヘン、という自賛毀他な意見が多くて、少々辟易させられます。
昔から頻繁に、とりわけヨーロッパの人が指摘するのはその逆で、彼らには普段見分けが付かないアジア系諸国民のなかで、
わたしたちだけは、すぐに判るのだそうです。
---姿勢が悪いから(悲)。日本人として非常に悔しいのですが、実際海外で見比べると、認めざるを得ません。
さて、どの文化の人間も、そこ独自の
「自分の見せ方」と呼ぶべき物を躾けられて育ちます。
白人でも黒人でもポリネシア系でもアジア系でも、ほぼ全ての民族は、良かれ悪しかれ、「どうやって自分を偉く見せ、威厳を出すか」
ということに注意を払っているように見えます。
日本人はたいてい、何故か逆を行っています。
「少しでも下らないヤツらしく見せなければ!」
という強迫観念に突き動かされているかのようで、
それらしく表情を、声色を、しぐさを、話題を作り、振舞うひとが
老若男女問わず、非常に多く見受けられます。
前屈み気味で、手足を縮め気味にひょこひょこと歩き(丁稚走り?それにしてもへっぴり腰は頂けません)、小さい子供のように口を突き出し気味にし、出来るだけ知性を感じさせないような話題を選び…etc。
一人一人会ってじっくり話すと
しっかりした、誇り高い、手応えのある人間だったりするのですけど、
海外に行っても殆どの場合、そこまできちんと内面を見てもらう前に、時間切れとなって帰って来ざるを得ません。
能ある鷹はツメを隠す、とはよく言いますが
余りにも隠し慣れてしまって、
自分にツメがあるということも忘れたような人を時折見かけるのは
悲しいことですし、第一美しくないです。
武術や、あるいは日舞やバレエなどの心得がある方々は
身のこなしがしゃんとして美しく、見ていてほっとします。
どこで何を着ても、身一つでセレブぽさをだせるなんて、
非常に大きな財産ではないでしょうか?
今さらお稽古に通うゆとりはないよ、という人は
(管理人もその一人ですがw)
最寄のカルチャースクールや市民講座の
「モデルウォーキング講座・全○回」とかに通っても良いですし、
自主的に出来る自信があるなら、
DVDや本を買ってきて独習、でも全然構わないでしょうね。
おしゃれの基本は、
ブランドの服でもコスメでも無く
はたまた、顔の美醜や、体の太い細いですらない、と思います。
要は、見る人に「かっこいい!」「真似したい!」と思わせる要素、
言葉を換えれば、「気高さ」や「威厳」を
感じさせるたたずまいであれば、良いわけです。
良い姿勢と身のこなし、しぐさは、
他のすべてに勝る、おしゃれの必須要素だと
個人的には信じています。
恰好良い人を多数輩出するのも立派にソフトパワーだと思います。せっかくジャパニーズ・サムライが世界でブームなわけですから、そうなったつもりで(好みの時代劇を見終わった時の自分の姿勢を思い出すといいかも)
世界をしゃんと歩きましょう。
Wednesday, 21 September 2005
油断大敵・歌詞対訳
BonJoviのニューアルバムが発売されて、
心動かされる余り、日々ボケボケしながら暮らしています。やっぱりBJは歌詞が良い♪
("Have a Nice Day"、大分変更されましたね)
さて、洋楽CDの歌詞対訳は、納期が厳しいためか、
誰の作品をいつ見ても、アレています。
(もちろん長所もあって、
わたしが全く知らない口語表現の場合など
大いに参考になっているのも確かですが。)
ボン・ジョヴィの、すぐに思い出せる例を一つ。
"My old friend Smith&Wesson~”
=「俺の旧友達スミスとウェッソン」
("You Really Got Me "、ジョンのソロアルバム”Blaze of Glory”より)
スミスとウェッソン。事もあろうに、ガンファイトネタの曲で!
かなり油断なりません。
良い子のみなさん、分らない単語は辞書を引きましょうネ。約束だよ?
ついでに、久々のモデルJon(G・ヴェルサーチ氏死去以来お初?)。 今度発売の、イタリア版メンズ向けヴォーグのグラビアより。
Monday, 19 September 2005
父の命日part2:漢詩もどきをひねってみる
亡父は生前、早朝のTVで流れる漢詩番組がお気に入りでした。その命日が中秋の名月に当たるということで、筆者としても一つオリジナルを書いてみよう!と思い立ちまして、数日にわたり、受験時代の漢文の記憶と格闘。その結果がコレです。
「可誇」 「誇るべし」
中秋求酒入城中 中秋、酒を買いに街中に出てゆく、
対君将用好酒肴 君には美味い酒と肴を用意しなくてはならない
君嘗住人間之俗 君はかつて俗世間に暮らし、
雖不浄而已不垢 汚れたかもしれないが、奇麗な心で終わった。
明月不惹塵埃如 明月は、塵埃で汚れることこそないが
以為永在孤天広 それは広いそらに独りでいるからで
明光豈何処可誇 明るく光っても、どこも自慢になりはしない
受験用参考書、捨てなきゃよかった(苦笑)と悔やんだけれど、これはなかなか、時間を忘れて没頭してしまう趣味ですね。
Monday, 12 September 2005
フリーメイソンが沢山
ニュージーランド旅行記・続編。
”ローズマリーが生えているわ。 There's rosemary、
記憶に効く薬よ。 That's for remembrance.
祈るとか、愛するとか。 Pray,love,
忘れないでね。 Remember. ”
「ハムレット」。狂乱したオフェーリアの台詞より。何幕の何場の何…忘れました。ついでに管理人の訳です。
冬の午後の日差しが斜めから当たるデヴォンポートの坂道を、
母御前と、徒歩で散策した。
家々の塀には、わたしの地元では珍しい、匍匐性のローズマリーが生えている。
その縁は、芳香を放ちながら、まるで濃緑のテーブルクロスのように垂れて、
あちこちに、「海の露」の名にふさわしい水色の小花をちりばめている。
町の建物の大半は、地元の人々が”Villa”と呼ぶ、
19世紀の木造の民家なのだけれど、
一角に風変わりな石づくりの建物があり、
その切妻に配された、見覚えのある文様が目に入った。
定規にコンパス。
一応脳内検索にはヒットしたが・・・いや、まさか。
隣を歩く母に「…では?」と訊いてみる。知らないという。
その数日後、南島はクライストチャーチ空港に降り立った夕方、
上の謎が氷解した。
空港には、地元有志の諸クラブが掲げた歓迎のプレートが
掲示してあって、ロータリー、トーストマスターといった会のほかに、
上記の紋章が掲げられ、以下のような言葉が添えられていた。
「ようこそ フリーメイソン」
帰宅後検討した大学の奨学金一覧には、
「フリーメイソン奨学金」というものもあった。
対象をNZ人に限定しているらしいのが、ちょっと残念。
Tuesday, 30 August 2005
藤原道長の満月の歌につっこみ。
誰もが目にした事がある、藤原道長の例の歌につっこみ。
…中秋の名月が近いもので(笑)
「この世をば わが世とぞ思う 望月の かけたることもなしと思えば」って、道長の思い上がりの象徴のように思われ、中学の教科書にも然様説明されていますけれど、
実際は違いませんか?
自分の権力を、満ち欠けの激しい月に例えているところがミソです。素直に読むなら、「今は光り輝いているけれど、どうせそのうちウチも衰えるだろうねぇ」という含み、以外に、意味の取り様がないじゃありませんか。
例えば、恋心を月に例えたりした日には、イコール「当てにならない」とか移り気という意味なのが平安の和歌だと思いますが、いかがなものでしょう。
Monday, 29 August 2005
庭園:アメリカと中国とニュージーランドと
初めは、ニュージーランドで見た
様々な風景について書こうと予定していた。
例えばクライストチャーチ市で見かけた、
「Avon川を平底舟でパンティングする午後の喜び♪」という
あまりにも正統派の英国趣味な光景、のような。
そういうものを新世界で拝めたことに驚くと同時に、
一見して英国庭園であっても、
そこに植えられた、オセアニアの草木と
ユーラシアのそれとが、余りに異なることにも驚かされた。
そうして、植生と作庭の様式について考えを巡らせるとき、しきりに思い出されるのは
アメリカや、中国の庭園のことだ。
これらの国と日本とは、当然気候が異なる。
アメリカ旅行の際、各地で見た
日本人の手になる「日本庭園」は、
作法そのものは正当であっても、物足りなかった。
同国の雨量が、日本より決定的に少ないせいだろう、
植生の細やかな表情に欠けているのだ。
庭園周辺の森林を見れば良く判るが、
下草も、木の種類も単純だ。
日本ならば、100種類くらいの
多彩な植物がひしめいていそうな面積を、
アメリカでは3種類くらいが埋めている、そういう感じだ。
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筆者はかつて、日本庭園の
淡白で繊細な美意識こそ、至高のものだと思いこんでいた。
海外風の凝った刈り込みや、ロココっぽい装飾花壇を悪趣味と切り捨てるばかりだった筆者であっても、現地にさえ立てば、それらを美しいと思えるとは意外だった。
さて、日本庭園がシンプルであっても美しいのは、
日本の自然そのものが既に、十分にこみいった美を持っているからだ。
逆に、アメリカのような「単純な」自然を背景とした場合は、、
「装飾過多なほど凝った」作庭を行ったほうが、
美しく仕上がるのではないだろうか。
中国の建築や庭園に関しても、同じ事が言える。
実際に踏んだ中国の土地は
多湿な上海であっても、まず、日本の比ではなく乾燥している。
そして独特の雰囲気がある。
アン・シャーリー風に表現すると
日本を例えるなら、山や木や川の精霊が満ちているかのようなのに、
中国を例えるなら、有史以来の人々の、形にならない人霊が、
大地を果てなく隙間なく、埋め尽くしているかのようだ。
瑠璃瓦の黄色い屋根など、日本の場合、
本州より以北にあると
なんともすわりが悪くみえるし、
東方明珠タワーが地元に建つなんて絶対に嫌だが、
それらは中国にある限り、非常に見栄えがする。
逆に、薬師寺東塔が蘇州に建っている所や
東京タワーが上海に建っている様子を想像しても、
脳裏に思い描ける映像は、ちょっと侘しい。
立地条件が庭や建築を左右するなんて、借景を期待するときだけだと思い込んでいた。
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勿論、それ以前にも興味深い相違がある。
例えば、日本庭園に石を配する場合、
伝統的に、いくつかのタブーを避けるよう教えられる。
筆者がかつて学んだそれを列挙してみる。
(註:子供時代の記憶なので、微妙に正確さを欠いてます;)
①先端が鋭利に尖っている岩は凶
②風が通るような穴の開いた岩は凶、
③徳利を逆立てたような、頭でっかち型は凶(末広がりを旨とする)等。
また、銘石であっても、極力、単独では置かず、
例えば「三尊」といったように組合せを行う、等など。
筆者はそれらのオキテを、
東洋思想に由来する、同エリアで普遍的なものだと
勝手に思い込んでいたのだけれど、
たしか上海の豫園で、上①~③の凶相を全て兼ね備えた太湖の石が
名石中の名石と呼ばれて
ででんと単独で鎮座ましましているのを見たのだった。
そしてわたしは、それを美しいと感じた。
Wednesday, 24 August 2005
唐詩「江頭を哀す」
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「涙」がらみで、
蛇足ですが、唐詩拙訳シリーズ・その3。
先の大戦が終わったとき、
多くの日本人の心をなぐさめた言葉に
「国破れて山河有り」の一節があります。
その詩「春望」と同時期に、
同じ杜甫が書いた詩「哀江頭」です。長いので中略。
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「少陵の田舎のじいさんが 声を呑み込みつつ泣いている。」
「あの澄んだ瞳
輝く白い歯。
今は何処にいるのだろう
異郷をさ迷う魂は血に汚れて
帰る場所を失っていく
渭水は清らかに 東に向かって流れ
蜀への道も 遠いままなのに
人はあちらを去り そして此方に住み、
誰の消息もつかめない
なまじ、人などに生まれて
感情を 持ってしまったから
涙で 胸が濡れる
曲江の流れや
川べりの花には こころが無いからこそ
最期が訪れることも また 無いのでは?
黄砂混じりの夕暮
異民族の馬がたてる埃が 街中に満ちる
長安を出たら 南に行こうと思っていた
なのに 北すら判らない」
涙腺激ゆるカミングアウト。
映画や小説のあらすじを
見たり、聞いたりしただけでも泣くかた、他にいらっしゃいますか?
わたしは、たとえば
美容室で髪を切って貰いつつ
雑誌を読んでいる時でも、
書店で立ち読みしている時でも、泣きそうになります。
その帰り道も、読んだ内容を思い出しただけで
危うく泣きそうになるので、ちょっと大変です。
先日のニュージーランドの旅行の期間、
ちょうど先方では
国際映画祭が開催されていました。
情報誌で出展作品に目を通しましたが、
案の定、10回は泣きました。
詳細の記憶はあやふやですが、3作品を挙げてみます。
①2004年イラン・イラク共同制作:
「戦争孤児の少年”サテライト”は、孤児たちのリーダーとして、
みんなをまとめ、ガラクタやゴミ集めをして露命をつないでいました。
そんな中、彼は、同じような身の上の少女に、初めての恋をします。
しかしアメリカとの戦争が始まり・・・。」
②パレスチナの映画:二人の青年が、
自爆テロを決行するまでの24時間(あれ?48時間だっけ)の姿を
ドキュメンタリータッチで追います。
もうすぐ死ぬのに、あちこちで笑いを取ることを忘れません。
こういう天性のお笑い芸人のような民族を、
自爆テロまで追い詰める環境の酷さが、
ジンワリと伝わります。
③旧ユーゴスラビアの映画:90年代の内戦のころの実話を元に制作。
善良な鉄道技師のルカさんは、妻を亡くして数年、
男手で、男の子を立派に育て上げました。
なのに内戦が勃発、息子は敵軍の捕虜に!
そんなある日、ルカさんは、自軍側が捕獲した人質の、
イスラム系女性のめんどうを見ることになります。
金髪美女&明朗活発&配偶者無し?、という眩しさです。
二人とも、人生を楽しく過ごすのが信条なので、意気投合。
ただちにラブラブラバーズとなり、
輝くばかりの愛の日々を送ります。
な の に
過酷な運命は、やがてルカさんに、
息子を失うか、彼女を失うかの選択を強いるのでした。
・・・こんな感じです。
たまたまわたしのセレクションはイスラムっぽいですが、
日本映画の数々も含め、渋い選択ばかりでした。
時間が有れば見たかったなあ…。
Monday, 15 August 2005
ボン・ジョヴィの新譜に寄せて
つい最近、聞き知ったことだが、
大抵の人間にとって、旅とは
「知らなかった何か」を見るために行くものではないのだそうだ。
観光客は、あらかじめ頭の中にあるイメージしか受け付けないので、
かれらを惹きつけるにあたっての決め手は、
如何に通俗的なイメージに忠実になるか、なのだという。
例えばグランドキャニオンには、アウトローのガンファイト。
日本ではフジヤマの前でポーズを決める、ゲイシャとニンジャ。
京都では、銀閣寺より金閣寺(東洋の専制っぽい感じがツボ)。
わたしは、音楽では 何よりボン・ジョヴィが好きなのだけれど、
彼らとその周辺に関して、全く同じ現象を見出している。
以前、シド・ヴィシャスのファンが
彼の生前、破滅的な面や破壊的な面ばかりを求め続け、
温かい面や朴訥な面は無視して、
おそらくその挙句、彼と恋人を死に追いやった話を書いた。
ボン・ジョヴィは逆で、みんな
ジョン・ボン・ジョヴィの明るい、無垢な笑顔(上の、つい最近のTV出演の絵参照)だけに目を向けて、
ダークな面には、見えない振りをしている。
悲しいというか、興味深いことだ。
確信をもって言えるが、
ポップカルチャー界広しといえど
彼以上に過酷な育ちかたをした人間はいない。
わたしのムダ知識と
人間ブラッドハウンドなみの嗅覚を総動員しても
ここ百年くらいは、空前絶後と言っていい。
ほんの時折、彼は子供時代の話をする。
「小さい頃、奴隷として金持ちの家に連れて行かれて、
売られたり、買われたりしていた」
「その鎖を断ち切って、今では自由になったんだ」
「当時、俺の周りにいた人たちは、彼らも彼らの家族も、
今ではほとんど死んでしまった」
多分、人がそれと気付かないのは
彼が人に甘えないからだろう。
まるで本能のように気丈に振舞うし、他人に弱みを掴ませないので、
周囲からは、何か問題が起きているようには見えない。
加えて、その害悪に、非常に幼い頃に自分の手でけりをつけたからだ。
(13歳前後だったと推測される)
憶測で語るには怖い話だが、世間の人間が許すような
常識的な手段で生き延びたわけではない気配が濃い。
決して許されない自分、というテーマが
彼らの歌詞に頻繁に出てくるのを見ればわかる通り、
ジョンが、ジャン・ジュネやヴィヨンと異なる点は
世間的な価値を信じつづけていることにある。
殺さずに済むなら殺さないほうがいい。仲間は裏切らないほうがいい、
万が一人を殺した時は、人間として悲しまなくてはならない。
笑って暮らせる限り、力一杯笑いたい、と。
みんながそうして生きたいと考えている目標を
素直に、そのまま目指しているのは
ハスに構えるゆとりなど無いような
ぎりぎりを生きているからで、
ロマンチックな表現が許されるなら、
彼に流れる血、
異民族からの侵略や、奴隷扱いへの抵抗を
2000年間諦めずにこつこつと続けている
シシリアンの文化といえるのかもしれない。
さて、彼の場合、幸せや愛情といった人間の明るい面を知らず
(したがってその生々しさも知らずに)
ひたすら憧れていて、
生々しさのないラブソングを書く。
あまりに純粋な憧れが歌われているため、
みんな、彼を普通の人間---
というより、汚れを全く知らない美青年
(既にそんな年でもないが)
と思い込んでしまった。
彼自身、過去を忘れられるなら喜んで忘れて
普通の青年になりたかったに違いない。
両者のニーズが合致した結果、
凄まじく頑固で身動きの取れない「善人・ボンジョヴィ」のイメージが
出来上がってしまった。
特定の誰とは言わないが、
グランジ&オルタナティブ全盛時代には
つらい幼少期を切り売りするアイドルが大勢いて、
彼らの口からは頻繁に、
ジョン・ボン・ジョヴィへの罵倒が聞かれた。
彼らのファンや評論家もそれを受け売りにして
ジョンを、苦労しらずと罵っていた。
それを見聞きする度、わたしが考えていたことは、
「ジョンも、かれらくらい人畜無害な過去があれば
安心して切り売りできるのにな」
ということだ。
「里親を転々としたとか、虐待をうけたとか売春してたとかって
物凄く無害でいいなあ」
真剣にそう思った。
ジョンの過去は、余りに毒が強すぎるので、
上に書かれたアイドル達と異なり、
大衆文化に受け入れられるかどうかは、非常に微妙だ。
これから彼がスターとしてどう生き抜き、自己を抜かりなく表現するか、
その点にわたしは注目している。
私は彼らボン・ジョヴィを
潜在的な表現能力と、表現の素材たる自己とを兼ね備えた
将来性のある有望株として買っているのであって、
今までのアルバムには、熱狂も満足も、していない。
彼のような人間が、十全に自己を表現つつ音楽を作ることが
この先起きるなら、
歴史マニアのわたしが言い切ってもいいが、
芸術史上に例を見ない偉業になりうると思っている。
判りやすく言うと、
「氷点」のあの悲劇の少女主人公、陽子さんとかが
長じて、身を削りつつ音楽を書いているようなものだ。
その重荷たるや、
不肖わたくしなんぞの想像を絶しているとしか言いようが無く、
身勝手をいえる立場ではないのだが、
その辺りは、ファンの業という事でご了承いただきたい。
そんな訳で、ボンジョヴィの明るい曲は
今後も聞けるだろうけれど、
ファンの皆やその他の世間の人々は
これからそれらに加えて、今まで免疫の無かった毒や
恐怖を、どこかしらに味わうことになるだろう。
微力ながら、予防接種のつもりで
この文章を読んでいただければと思う。
新曲シングル「Have a Nice Day」プロモ配信にリンク。
Thursday, 11 August 2005
日本にも音楽ダウンロード時代到来♪
アップル社/iTunes の日本向けオンラインストアが出来て、
Bon Joviの新曲シングルが買えるよと
教えてくださった方がいたので、
早速アクセス。
品揃えの充実はこれからですが、
1曲150~200円くらいです。
ちょこっと探して、昔なじみの3曲を加え、
以下のような、統一感のないリストが完成。
1 Have a Nice Day --- Bon Jovi
2 Seasons in the Abyss --- Slayer
3 English Man in New York --- Sting
4 Infection ----------- 鬼塚ちひろ
調子に乗って、歌劇物も購入。
パーセル作「ディドーとアエネアス」。英国室内管弦楽団、なんと1986年版。
夏に聴くととりわけ涼感のある?バロックです。
中学の頃、かなり気に入っていた一品を
今ここでまた聞けるとは、ネット時代様様じゃのお・・・。
一曲づつ分けて購入できるのですが、
英語の曲名を見てもどれがどの歌だったか
今は全く忘れています。
アルバムごと購入。 ・・・これを世の人はオトナ買いと言うんだね。
All Along the Watchtowerのディラン版とヘンドリックス版とか、気軽に「一曲づつ買って聞き比べようか!」と言える日が、早く来て欲しいです。Judas PriestとかAlice in Chainsとかも全くこれからなのですよ。。
PS:ちなみに↑歌劇タイトルは、英語の発音だと「ダイドーとイーニース」。
麗しきカルタゴの女王と彷徨える英雄の悲恋なのに
英語だとなんだか威厳が・・・ない・・・特に後者(苦笑)
Monday, 08 August 2005
唐詩「ペルシアの笛は悲しい音色」
「きみは 聴いた事がないだろうか
ペルシアの笛は 何よりかなしい音色
むらさきの髭と 緑の眼をした
ペルシア人が 吹くんだよ
吹いて 一曲も終わらないうちに
楼蘭征戌隊の少年たちは
死ぬほど かなしくなってしまう
甘粛の関へつづく道 八月は涼しい秋
北風が千切りとばすのは 天山の草
月が沈みゆくのは 崑崙の南
ペルシア人は 月に向かって笛を吹くんだって。
だからその笛の うらむような音色で きみを
送りだそうと思う。
秦山が見える
そのかなたに隴山の雲が 見える
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