Sunday, 23 March 2008

フォークランド紛争

数日前から何かにつけてフォークランド紛争のことを思い出すので、

少し調べてみたら、開戦が1985年3月19日だったのですね。

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当時の私は11歳でした。

いくらフォークランド(マルビナス)諸島が、実質的にアルゼンチン国土の一部のようなもので、英本国からみた存在が耐えられないほど軽い、とは言え、

武力占領を行っても大丈夫だろうと考えた、アルゼンチンのガルティエリ大統領(当時)の思考停止ぶりに、誰もが唖然としていたことを覚えています。

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英国領に侵攻した以上、まず、イギリスと戦うことは確実です。ついでに、中南米諸国を裏庭扱いしていたアメリカをも怒らせるのは、予測できたと思います。

この地域の性質上、市民のゲリラ活動には頼れませんので(義勇軍も来なさそうですし)、英米を敵に回して、あくまでも正規軍だけで戦わなくてはなりません。 ガルティエリ大統領も、工兵とはいえ中将なのだから分かっていたでしょうが、

アルゼンチンには、まったく勝ち目がありませんでした。

惨敗必至のこんな軍事作戦で、軍部独裁への民衆の不満を解消できると判断した同大統領の、マッチョの度が過ぎる判断や、

たとえ同国が、大戦前後のひとときに大国の仲間入りをしていたとはいえ、すでに零落し悪性インフレに苦しむ赤字国家になった自らの現実を認められない、盲目さに、

他国はだいたいどこも、唖然とするほかありませんでした。

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これから厳冬を迎えようという極地に近い島に、深く考えずに送り込まれた兵士のなかには、凍傷で両手足その他を失ってダルマ状態になって帰ってくる人もいました。

そのニュースに、映画『ジョニーは戦場へ行った(※)』のような生を強いられる人が現実にいる、ということを、改めて思い知らされたりもしました。

ともあれこの事件は、管理人にとっては、「人間はこれほど愚かになりうるのだ。多分、私自身を含めて。」と思い知らされた、記念碑的な出来事の一つです。

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(※) 映画『ジョニーは戦場へ行った』:

個人的には、Metallica"One"のプロモを通してしか知りませんが、この映画の何たるかが簡潔にまとめられている作品だと思います。

ちなみに"One"は、10代の頃の自分を励ましてくれた曲です。気分は歌詞そのもので最悪に近くても、「自分にはまだ、手も足も目も鼻も口もあるのだから、這いずってでも前に進まなきゃな。」と思い直すために、よく聴いてました。

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Sunday, 16 December 2007

母と伯母達、冷戦中

管理人の叔母たち(母の姉や妹)は基本的に母のことを好いていますが、前にも書いたように、両者はほぼ絶縁状態です。

どのくらい絶縁状態かというと、四年前の亡父の葬儀の際、母は上記の実の姉妹を一人も招かず(義姉=母の兄のお嫁さんには知らせていました)、

最近は、

高齢の伯母の一人がかなり酷いガンで、翌春のお彼岸まで保つかどうか危うい状態なのですが、管理人の母だけは知らされていません。

そんな飛び石作戦をチョイスしあうほどの、不仲です。

なぜそこまで不仲か、というと、母が幼い管理人のことを露骨に疎ましがっていて伯母たちに呆れられた、というのもあるそうですが(嫌な話なので書きません)、

決定打になったのは私が6歳くらいの頃の、祖父と同居していた時期に起きた一件のようです。

つい先日に知ったことですが伯母達によると、

当時、管理人の実家で暮らしていた祖父が、持病の狭心症で倒れた際、母に『薬をくれ』とか『救急車を呼んでくれ』とか頼んだのに、無視というか、放置されたことがあるそうです。

この発作から致命的な発作までは間があったので、病床の祖父の口から伯母達に経緯を知られることになり、皆、少々の記憶違いはあっても鮮明に覚えている過去らしいのですが、

肝心の母だけは、全く覚えていません。

当時からそうでしたが、

前後の記憶を含めて記憶が消えているらしく、なぜ祖父がその日を境に家から消えたのかさえ、全く思い出せない様子です。

(祖父との件について、『リア王とコーデリアみたい』と言っているのを今でも聞きます。)

ちなみに私はこの件について、伯母たちから話を聞くまで、

『親代わりと懐いていた祖父が、ある日学校から帰ると、家から消えていた…母は何も説明しようとせず、妙に取り乱している…と思ったら祖父がどこかで脳梗塞を起こした、という話が耳に入り、入院先で会った時は、私の顔も判らない状態になっていた。』

程度の認識しか持っていませんでした。

よもや私の家で倒れていたとは。

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まあ、あの人は、数年前に飼い猫がジステンパーに罹った時でさえ

『ど、どうせ死ぬんだからー!! みんなどうせいつか死んじゃうんだから、いま病院行って治しても、意味ないから!! 誰だって、早く死ぬほうが、生きてるより幸せなんだからぁ!!』

とパニックを起こして治療を拒否した、困ったさんだからなぁ。

(余談だけど、上のパニックの台詞、なんか可愛いよね。)

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まあ、猫ならば管理人がかっさらえば病院へ連れて行けるし、

兄や父についても、部分的になら、管理人が何とかできていたのですが、祖父の件は盲点でした。

(注:それでも時折『もう少し頑張れば、もう少し誰かを助けられたかも知れんな』と考えたりしますが、自分の知力・体力・時の運の全てを投入してこの結果に終わった以上、自分の策を超える手はほぼ有り得ないだろう、と考え直すことにしています)

ともあれ家族以前の問題として、私自身が弱っていた頃もあったので

自分が何人目かの犠牲者になっていた

かも知れませんでした。

もう少し知恵や体力が足りなかったら、死んでいたろうな自分。……って感じの、具体的な思い出が、あれこれと有るので(苦笑)

まあ私は

あれしきで死ぬほど雑魚じゃないがwww

と、とりあえず強がっておきます。

そうしないと、人生が先に進みません。

さあ明日も、早起きして勉強&仕事&鍛錬だぞ、と。

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ちなみに管理人が小さい頃から強力さんを目指している理由として、

少なくとも小学生くらいの頃までは、

(天災とかが来たらうちのお母さんは、絶対パニクって、駄々こねて、避難しないに違いないから、いざと言うときは私が背負って逃げねば。…ということは、母の体重+αの50kgくらいを背負った状態で、楽々と山坂を走破できるようにならねばならんって事か。)

とか思っていたせいも、少しあります。

そんなこんなで力自慢になった管理人は、戦隊モノごっこでは黄色い役しか回ってこない子供になり、隠れて憤慨してましたとさ。

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Thursday, 27 September 2007

ミャンマー/ビルマについて

88年にビルマの独裁政権が打倒され軍が政権を奪ったとき、真っ先に出された声明の一つが「民政への速やかな移行を目指す」という奴だった記憶があります。

2歳くらいから中学生だった当時まで世界各地の軍事政権成立のニュースには接していましたが、大体どれも初めこそ「民政を目指す」と言いつつ、政権に居座ったものでした。従ってこれも嘘に違いない……とは思ったものの、

実はうっすらと期待した自分を覚えています。

以来19年、やはり嘘だったんだなと思わざるを得ません。

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Tuesday, 18 September 2007

ちょっと連勝した位で舞い上がるのは最悪

今日は父の命日なので、昨晩は珍しく、母と兄と三人揃って外食をした。

母は少しはしゃぎ気味で時折ヒヤリとさせられたが、それなりに和やかに場が収まったので、安堵した。兄はやや朦朧としつつも、F22のステルス性能の話などを、それなりに楽しそうに話していた。

軍事ネタついでの余談だけれど、今日ウィキペディアで見つけた「今の人は何も知らないのだね」を一個。

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Tuesday, 04 September 2007

役人が首になりづらい理由の一つ

明治生まれの国士型の役人で、コーヒー一杯の接待さえも断る主義だった祖父が言っていたことを、思い出せるまま書いてみる。

かなり穴のある理屈かも知れないが、聞いた時は説得力があると思った。

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大体、不祥事を起こす奴の場合、表面化するまでの間に
他にも色々と悪さをしている。
表面化するのは飽くまで氷山の一角だ。

国を敵に回してまで悪事を告発しようなどと言う
企業も個人も滅多にいないし

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Thursday, 30 August 2007

日本文化が否定されがちだった時代の話

管理人が2歳あたりで物を読み始めた頃から80年代に入る辺りまで、世間の大人がしきりに気にしていた事の一つに

なぜ日本が英米に負けたのか

というものがあって、当時のマスメディアで見かける論調には、そういう疑問が滲み出ていた。

こうすれば勝てたかも?という視点だから、言うまでもなく、右翼寄りの言説である。

彼らを含め当時の世間では、右翼・左翼・中道を問わず、日本的なものや東洋的なものを蔑むことが多かった。

具体的に言うなら、

「欧米ではアルファベット26文字さえ覚えれば何でも読めるようになるが、日本や中国では数千文字の漢字を覚えなくてはならない。こんな無駄な労力を費やしているから東洋文明では科学が発展しなかったのだ」であるとか、

「諸行無常、侘びさびだの精進料理だのと、禁欲主義にウツツを抜かしているから負けたのだ。アメリカ人の、血の滴るビフテキを貪り食うような、あの欲望丸出しの生き方を見習うべきだ」だの、

「年配者への尊敬というような無駄な道徳を持っているから負けたのだ。」だのというように、

当時の論調では、東洋なり日本なりの伝統的な文物は悪く、軟弱で、感情的で、非合理的という位置づけで、何で有れ、問題が起き次第、日本の伝統が元凶とされがちだった。

だから今の政治家のように、日本の伝統が戦後の歳月で大きく失われたことを戦後民主主義のせいにしている輩を見る度、常のことだが

今の人は本当に呆れるほど何も知らないのだな、と思う。

以上のような過去を覚えていて尚且つそのような事を言っているとすれば、確信犯だが。

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Tuesday, 28 August 2007

「偉い人」というものが嫌いな母

先日の話と同じ件で、おばと雑談していた時に、おばから「忘道は、本当にお祖父ちゃんに良く似ている。」と言われた。

祖父は今風に言うなら"profoundly"の付くギフテッドで、管理人の思考回路は基本的にこの人のコピーで出来ているので、まあそんなものだろうと思う。

祖父は大正末あたりに大蔵省に入省し、主計・主税・理財その他をくるくると回り、数寄者らしく理財で国有財産の面白さに嵌った辺りで、同期が次官になったので引退した。

ちなみにこれは、一線が同期(i.e.仲良し集団)で固められるのを防ぐための素朴なしきたりだと聞いている。

昔の次官は今よりずっと若い年齢で就くものだったので、同期はまだ隠居するには若すぎ、かつ別の職を探すには歳を食いすぎている、という微妙な年齢で引退しなくてはならなかった。

下手に自立しようとしても、武士の商法、つまり、人に頭を下げられないという致命的な欠点を修正する前に餓え渇えてしまったりする。

天下りが始まった所以である。

祖父の在省時の唯一の後悔は「ホバークラフトを開発する話に予算を付けられなかったこと。まだ軍部が煩くなかった頃だから、もう少し頑張れば通ったかもしれん。」だそうだ。

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管理人の母は、「偉い人」というものを物凄く軽蔑している。

「たとえば地方の税務署長とか警察署長とかって、まだ大学出たてのような、若い年齢で就くじゃない?送別会とか歓迎会とかをやるとさ、いつもは威張りくさってる地域の大人たちがそういう若い人にペコペコと媚びへつらってさ、

署長とかのほうも、ろくな実力もないくせにすっかりいい気になってたりするのよ。で、その当人がいない場では、みんな一斉に陰口をたたいたりするのよ。

そのくせみんなして、あたしみたいな子供にもペコペコ媚びて、ほんっと見苦しいのよ。

ほんと馬鹿みたいだった。」

確かに、人にペコペコされる側に良くいる、ゴマすりだのの詰まらぬ物事ですっかりおだてられてしまう人間というのは、私にとっても同様に、どうにも理解の範囲外だ。

美酒美食や美人をあてがわれようが金銀財宝を積まれようが

「何でぇ。いらねぇよこんなモン。」

と鼻で笑う国士というのはやはり格好良いし

自分に媚びへつらう人間を、一々気に留めるほどもない詰まらない生き物として見下してしまいそうになる、あたりまでならば、まあ、経験的によく理解できる、とはいえ、

考えてみればペコペコする側の、他人に頭を下げられる能力というのは一種の才能、プライドやプロ意識の現れで大したことだし(実際これは難しい)、

そもそも、大抵が面従腹背であることくらい双方共に分かっている訳で(分かっていない奴がいるとすれば大のつく馬鹿だ)、媚びられる側は自己点検と研鑽を欠かさず地位相応の実力を身につければ良いだけじゃないか?と

こういう母の台詞を聞くたびに思い、実際口にも出すけれど、彼女にはそういう理屈は通じない。

地位相応の実力を身に付けようなどという殊勝な人間が少ないことは確かに問題だが、真面目な努力家も、少なからずいるものだし。

「地位権力に無頓着な清貧」→貧しい、というのは妥当としても、貧しい→清貧 ではないだろうに、彼女は根っからお嬢なので、そういう区別が全くつかないらしい。

まあいいけれど。

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Tuesday, 21 August 2007

70年代の話:産炭地を保護していた意図

管理人の故郷である北海道には産炭地が多くあり、ご存知の通り今は苦しんでいる。何やら世間では自治体の補助金漬け体質が悪いだの放漫経営が悪いだの住民が怠慢だのと非難されており、

実際、呆れる話も多いのだが、

財務官僚からみのもんた氏までが産炭地の責任だと知った口を利く様子などを見聞きしていて、「ああ、今の若い人は何も知らないのだな」とおかしく思ったので、昔話を書いてみたい。

34歳の私が年上を捕まえて「若い人」呼ばわりするのもおかしいが。

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Saturday, 30 June 2007

リンゼイ・アン・ホーカーさんの件について一点補足

ニュージーランド留学を始めた時、学校から「学生生活ガイドブック」というものを受け取った。数種出ているらしいが、買い物から人づきあいまでのローカルルールが紹介されていて、なかなか面白い。

ちなみにニュージーランドは国家元首にエリザベスⅡ世を掲げる英連邦の一部で、根底に昔ながらのイギリスの文化を引きずっている。

それらの中に

「こちらでは、性別の異なる他人であっても、気軽に自室に招きいれたり、相手の部屋に入ったり、時に寝泊りさせたりもしますが、これを『特別な関係になっても良いという意味だ』などと誤解してはいけません。」というのがあった。

他人を自宅や部屋に上げるのは、クリスチャン的な道徳から出た、単なる礼儀らしい。

実際、セールスマンや宗教の勧誘まで部屋に上げて、「はあそうですか、いや私の主義とは反しますねぇ、私が思うに…」などと茶飲み話をしたりする。

学校でも、英語のスノードン夫人が、ある日ご自宅に「茶もコーヒーもお菓子も毒です」という宗教の勧誘が来たと仰って、

「嫌よねー。そんな人を家に上げてティータイムを水で過ごす趣味なんて無いからさ、玄関で帰ってもらったわよ。」と、不機嫌になっているのを見たことがある。

夫人のように紛争多発地帯その他各国で暮らした人物でさえ、治安が良い場所では、気軽に他人を自宅へ招きいれる。

つまり、

『相手が少々いやな奴だろうが異性だろうが、そもそも来客を玄関先で追い返すなんて失礼でしょう?少しはおもてなししないと。それに茶のみ相手は、多いほうが楽しいでしょ。』

…という認識があるようで、まるで昔の日本人のようだ。

思うにこれは、寒くて雨がちな国なり乾燥地帯なりで、コンビニも自販機も休む場所もろくになく、たとえ嫌な客でもうかつに追い出すと死なせかねない時代に培われた、素朴な思いやりのマナーなのだと思う。

(日本でもお年寄りなどには今もそういう人がいて、悪徳セールスを家に上げて茶飲み話をした挙句、だまされたりしますよね。)

一般に欧米文化圏は日本の戦前・戦後ほどの激変を経験していないため、たとえ大都会ロンドンの若者でも、きちんと躾けられた人は古きよき行動様式を引きずっているので、

「日本は治安が良い=他人を家に上げても平気」と思う人がいたとしても、自然だと思う。

ましてキリスト教圏の女性は「初対面の女をレディ扱いしない奴なんて、それこそサイコパスだけでしょう?」程度に思っているし(ホーカーさんの場合、本当にサイコパスと出会ってしまったわけだが)、

世界には様々な文化がある、とはいえ、

こういう、来客や女性を重んじる習慣はイスラム圏だろうがヒンズー圏だろうが広い範囲で存在するので、日本が例外だとは予想せずに来日する人も多いに違いない。

この事件に関する報道やらブログやらを見ていて、やりきれない気分になるのは

「初対面の男を部屋に上げるとは」「男の部屋に上がるとは」油断があったんじゃないか、とか、あるいは遊び人だったんじゃないか、という意見があることだ。

異性を部屋に入れる程度の行動を色恋と結びつける考え方は決して普遍的ではない、ということは彼女の名誉のために指摘しておきたい。

むしろ逆に、

清く正しいクリスチャンor仏教徒orムスリムor文明人(以下略)の気高い隣人愛の表れだとみなす人々が相当数いる、ということも。

自分の文化を日本に当てはめた彼女は迂闊かもしれないが、こんなマイナーな違いなど滅多に説明されないだろうし、

まして、来日後まもない人に分かれ、というのは酷だと思う。

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Friday, 22 June 2007

70年代の話、その2

前々回記事の続き。

今では嘘のようだが、70年代~80年代初頭くらいまでの日本は、欧米を真似するだけの二流・三流工業国だと思われていた。

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Wednesday, 20 June 2007

人間は本能が壊れた動物などではなく

2歳ごろから国際ニュースをチェックしていたギフテッド、ということで、1975年あたりから以降の世界の出来事は、もしかすると、当時大人だった人の大半よりも詳しいと思う。

第一次石油ショックは私の生まれる前後のことで、当然覚えていないが、75年あたりから以降は、割と、記憶にある。

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Thursday, 17 May 2007

ニーチェについて

カントやヘーゲルどころか教科書さえろくに読まない人々にまで、あまねくニーチェが流行っているらしく、我田引水の意見がそこら中に溢れていて、少々可笑しい。

まともに読んだのは善悪の彼岸とツァラトゥストラくらいで、それも小学校に上る前くらいだからあまり良く覚えていない私がニーチェを語るのは不遜かもしれないし、

また、

必要もないのにニーチェがどうの、と散りばめた文章を書くなど、少しでも学問を真面目にやる人間からすれば、底の浅さが透けて見える振る舞いで(自分にはオリジナルな思想がない、と言っているようなものだ)厳に慎みたいのだが、

我田引水にまじるくらいは、良かろう。

ちなみに私にとっては、子供だった当時でもツァラトゥストラかく語りき、などは「オリエンタリズムの悪しき見本だなあ」としか思えなかった。

今読み返したところで、感想は変わり無いに違いない。

伝統的なキリスト教の価値観にウンザリした若い西洋人が、古代オリエント風の強権(あくまで西洋人の勝手な想像の産物)を自分が手にしたところを勝手に想像して、憧れる図。大変ありがちで、安っぽすぎるのだ。

ブレインストーミング的な刺激にはならなくもない、とは思うのだが。

さて、それでもニーチェを読んだフリくらいしたいぞ、という向きにお勧めしたいのが、「この人を見よ」。

ニーチェの作品を山ほど読んだフリが出来る上、ニーチェの全てが分かったような気になれて、お腹一杯という感じを味わえる。

私個人は、小学に上った頃にこれを読んで、呆れ、以後きっぱりとニーチェに飽きた。

物悲しい嬰児のような人だとは思うが。

嫌いだから仕方ない。

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Tuesday, 13 March 2007

「百人殺して一人前」追記

前日の件、付記。

祖母から聞いた評判と、市井で聞く評判(『戦争の悲惨さを語り継ぐ~』のような話で良く引き合いに出される『極悪人』)との、落差の激しすぎる二つのイメージが、これまで全く結びつかずにいた、と母は言います。

ほんとうに全く結びつかなかったと。

で、今回ようやく、その中間にいた人---つまり直属の部下のお嬢さんから話を伺うことで、『言われてみればあの肩書は、そういう仕事だなあと思った』そうです。

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思うに日本人の利点とは、彼のように「たとえ物凄くいい人でも、下手すると極悪なことをやりかねない」ことを実感として知っていること、かも知れません。とりわけブッシュjrさんあたり、この認識が薄そうなので、もうちょっと広まって欲しい考え方です。

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Sunday, 11 March 2007

「百人殺して一人前」

知り合いの知り合い、そのまた知り合い…とたどっていくと、100人と置かずに世界中のどんな人にでも繋がっていく、という話を聞いたことがあります。

そんな風ですから、身近な人について別の人からエピソードを聞くことも、また有り得る訳で。

母が知り合った方から、お父様が戦前の日本国内で治安維持の仕事についていた話を伺ったんだそうですが、その中に別の知り合いの名前が出てきて驚いた、という話をしましょう。

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お父様は仕事について決して口外しない人だったそうで(役人の鑑ですね)、管理人から補足しておきますが、当時の治安維持法下では、防諜の何のと言いつつ、実際は小学生の作文にまで目くじらを立て、市民を連行し拷問、ということが起きていました。

作文の場合でいうと、「ぼくのおとうさんは、まいにちぼくらのためにがんばって、はたらいてくださいます。おとうさん、いつもありがとうございます。」みたいな子供らしい文面を元に、親や担任教師を疑い、引っ張っていくのも仕事の一部。

”子供が労働を称えるとは、親や教師が左翼だからじゃないか?”とかいう疑いです。

普通の若いお母さんなんかをそうやって拷問にかけた末、

やっぱり普通のお母さんにすぎないと分かり、

釈放したは良いが、まもなく死んだ。とかいう話は今も数多く伝わっていますから、当時似た部門にいたお父上が、「……何やってんだ、俺。」と頭を抱えたくなったとしても、無理のないことです。人々を守る誇り、とか、余り、ありませんから。

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Wednesday, 04 October 2006

初めてのフラット生活の感想、まとめ

半年以上過ごしたこのフラットでの生活も、11月の試験までのあと僅かだ。

もともと私用で人と打ち解ける習慣がない管理人は、
外から訪ねてくる友人は、皆無だし
ここの人たちとも、個人的な会話はしないので
単なる謎の人だと思われているかもしれないが、個人的にはいい環境だった。

ただ来年から、家賃が週当たり10ドル上るので、
これを切っ掛けに、ベジタリアン向けの、もう少し家賃の安い、すこし緑の多い地域で、かつ武術教室にも近い場所を探そうと思う。

(注:管理人は、普段は菜食中心に暮らしている。何が悪かったのか、実際にこれで体調が回復したので。今でも、動物性たんぱく質を多食すると、もれなく調子を崩す。)

ほかの日本人学生と住もうとは、あまり思わない。

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Sunday, 27 August 2006

慈善と平和は、汚れる仕事。

先日、とある平和運動家(というか)の方のブログを読んで
かなり意見もあうし、面白かったのだけれど、

暴力が酷かった父親を亡くされたばかりで
最期を看取る気もなかったし
死んだ今も許せない、という記事があって
強い引っかかりを感じた。

家庭内暴力は、確かに嫌で当然のことだ。
とはいえ、
管理人の父は、温厚な人で
母も私も、一度足りと手を上げられた経験がないので
この方の家庭がどうだったか、想像が付かないし、
従って、意見する資格も薄いが。

それでも、

卑しくも平和を語るなら、
世界の紛争地帯で行われている暴力が
それどころではないことも、
少し考えて頂きたい、と思った。

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Wednesday, 16 August 2006

Targeted Killingと心の重さ

学術英語の口頭発表に向けた調べ物のために、随分久しぶりに、"Foreign Affairs"を読んだ。

前に定期購読していた頃は、私はまだ半病人の大学受験生で、その頃の装丁は薄い蒼灰色だったが、今は、淡く紫味を帯びた灰色へ、色あいが変えられている。

少々課題からは逸れるのだけれど、
2005年9月/10月号掲載の論文、"Do Targeted Killings Work?"が目に入ったので、読んだ。

アメリカと言えばデューイなどのプラグマティズムのご本家だが、その実用主義な哲学が、年を追って俗で嫌な方向へと発展したのか、人を殺すことさえも、「役に立つかどうか」で判断するようになった最近の風潮を、象徴するようなタイトルだ。

わかりやすく言うと、Targeted Killingsとは、敵を、住む街の一般市民ごと破壊して殺すのではなく、要人だけをピンポイントで狙い暗殺することで、一般への被害を限局しよう、

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Monday, 14 August 2006

イラクはバスラ大学からの物理論文を見て

高校物理で習った原子構造より、かなり深いところまで踏み込んでいるファウンデーションコース・化学の授業。

現時点で、学校そのものは10日間の中休み中だが、今日の管理人は、先刻午後11時まで理学部図書館に出かけ、自習をしていた。今は、そこで娯楽代わりに読んだ、 "Journal of Physics B --Atomic,Molecular and Optical Physics" の最新号(Volume39 Number14 28July2006、とある)の中身を、自室に帰ってから、頭の中で反芻しているところだ。

私は、あまり要領の良い人間ではない。だから教科書の解説が、問題を単純化し過ぎているように思え、かえって混乱することが、昔も今も、頻繁にある。

そういう時は敢えて、難しい本を調べると、すっきり理解できる。因みにこれは、亡父が残してくれた、貴重な教訓だ。

「教師を、敵に回すけどな。奴らは、例え科学を教えていても、学問には、興味ねぇ生き物だから。」と、学校に関し、碌な思い出を持たない父は、付け加えた。(←教師の皆さん、大変失礼しました;)

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---高校物理の授業で、今さらK殻L殻M殻だのを覚えろと言われて、身の毛がよだった。別に予備知識が無くとも、全身が、まるで本能のように「……ありえない。」と拒否した。

父も私も、そのように、ともすると劣等生への瀬戸際を歩く生徒だった。

私たちにとっての救済とは、ゆとり教育の逆で、

例えば"K、L、M"の代わりに、"1s、2s,2p、3s,3p、4s、3d、”…等を覚えることだったのだ。よしんば受験に出てこない内容であっても、そのような周辺知識を固めることでしか、前に進めない。私と父の知能の高さに、代償があるとすれば、このような不器用さ、なのかもしれない。

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とはいえ、今のコースで普通に"1s、2s,2p、…"と学んでいても、今度は

楽しさで羽を伸ばしたくなる

のが管理人なりの人情だ。こういう時は、思う存分上のレベルに進んでも、もう学校から嫌われない環境に辿り着けたことが、心の底から嬉しい。

さて、上記ジャーナルの今号には、岐阜の研究所のマメな計算結果が載っていて、イオン化エネルギーについて昔から思う所の多い私は、興味深く読ませて頂いた。

とはいえ今号で、最大の興味をもったタイトルは、別に存在する。一題、日本人として目を惹かれる「Yukawa potential」という文字を見かけたので、詳しい内容を確認した所、

戦時下のイラクは、バスラ大学、理学部物理学科の、H.A.Kassim氏とN.S.Al-Maliky氏から寄せられた論文だった。

"Bound eigenstates in two dimensions for the superposition of the Coulomb and Yukawa potential by using the shifted 1/N method"

今の管理人が斜め読みした程度では、書いてあることの二割くらいしか分からないけれど、それでもこのお二人が、かなりな難題に挑み、相当キレイな答えを出したらしい、こと位は分かる。(悲しいかな、自パソで検証するなどの芸当は、当ブログ管理人の力量を大きく超えるのだが。)

確か、
英国の編集部あてに初めて原稿が届いたのが4月、その後の改定を経て、最終加筆が5月、とあったと思う。
電力はおろか、食糧までが供給不安定な戦時下に、これだけの思考と、それを裏付ける計算をやってのけ、

さらに見事な英語の論文に仕上げ、海外との交渉を経て、上梓するに至らしめる人材が、敢えて未だ残っている。それが、イラクという国の底力なのかもしれない。

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Sunday, 16 July 2006

太平洋戦争について、補足してみる

アマゾンで、カスタマーレビューを読むのが好きです。
読んでいると、世の中には、ほんと色んな意見の人がいると
改めて思わされます。

先日もそうやってレビューを読んでいたら
太平洋戦争に関する出版物の評で
そういえば、なんでガダルカナルまで行って戦っていたんだろう、という人が居て、

ほやーーーーーーんと脱力。

うーん。これは常識だろう。と思ってるものって、人ごとに全然違うなあ、と今更ながらに思いました。

考えてみると人って、義務教育を終えた後は、各自の専門と趣味しだいで、どんどん別方向に守備範囲が分かれてってしまうわけですから、それで自然なわけです。

というわけで、今日のじゃすみんさんは

そもそも日本兵が、どうして
アメリカの一部であるハワイや、
解放がうたい文句だったその他アジアはともかく、
ガダルカナルくんだりまで行って、壮絶に戦死したりしてたのか、

その辺をできるだけ、普通っぽい用語で説明してみたいです。
(必然的に、大雑把になっちゃいますが。)

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Tuesday, 23 May 2006

「心を劣化させるもの」

留学に向けて英会話レッスン中の、polite様のところの日記ブログを拝見していて(ご無沙汰してます;)、
英語レッスンのパートナーの方が、政策担当秘書官の方だと言うところを読んで、

政策、担当、という言葉に、
心が、過剰反応をしめした。

ありえない事なのに、
例の、父の死(2005年11月24日記事)に関わった法案に
ひょっとすると、関係が有るかもしれない、と、ちらっと思ってしまった、からだ。

ありえない、というのは、管理人は、わたしなりに、
政策担当秘書官、という仕事がどういうものか
熟知しているつもりだったからだ。

わたしの頭の中のイメージで、彼らがどんな職業かというと、

例えば、代議士さんが、なんか法案でも作ろうか と思い立ったとき、
関連省庁まで、お使いとして出向いていって、
官僚に「これとこれの資料下さい」と頼むことを主な仕事とする、
背広を着たメッセンジャーボーイと言った感じの、極めて人畜無害な役職だ。

しかも、代議士さんが法案に関わることは、(一応は、立法、が建前上の仕事でも)そんなに無い事なので、
父のどうこう、に関わっている可能性など、ますます、ゼロと言っていいのに。

そんな方にまで、ほんの一瞬とはいえ、
殺意に近いもの
を感じた自分に自分で、ぞっとした。

そして、普段は気にしていないつもりなのに、父の死は、自分にとって重かったんだな、と改めて感じた。

あの日のわたしは、とどのつまり、法に従って父の死につながる決断を下したのだけれど、あれ以外に、選択はあったのか、改めて考えている。

私は、母から、兄の件だけではなく、この件に関しても恨まれている。という、個人的な理由もあるけれど。

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Monday, 22 May 2006

イングランド自虐ジョーク、手直し

5月22日付記:「イングランド自虐ジョーク」、もう少し自然な響きにできそうな点をいくつかみつけ、手直し。

さて、最後のdreadful あたりを、どうすれば自然に訳せるか、まだ試行錯誤してたりします。

罪悪感っていくらなんでもひねりすぎで、オーソドックスに「責任」にすれば良かったかなと思ったり。また、軽減のくだりは、やはり能動で、「恐るべき責任を、軽減して差し上げている」みたいにすれば自然に響くかな、とか。

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Friday, 19 May 2006

イングランド人的自虐ジョーク

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お知らせ:再度、コメント、どうもです。色んな感情が、言葉で表現できるくらいに消化できるまで、もうちょっと掛かると思うので、今日は小話でもお一つどうぞ。

前回の、スタンの話に続いての、イングランドネタです。

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留学当初、ホームステイさせてもらっていた
クリスティーナのお宅の、水周りに、上のような小話が張られていました。

清潔好きな彼女らしくなく、随分年季が入ってます;よほど、お気に入りなんでしょう。

面白かったので、管理人が、何とか意訳してみました。

「ちょっとした笑い話:
英国は、四つの国家で成り立っている。

跪いて祈りをささげるウェールズ人は、
隣国をエジキにして生きている。

安息日を堅く守るスコットランド人は、
その手に触れるモノは、なんでも固守しようとする。

欲と言うものを知らないアイルランド人は、
欲するもののためにケンカする意欲ならば、持っている。

イングランド人は、おのれの運命はおのれで作り上げてきた人種だと、言い張っている。そのため、神の
(「イヤな人種を作っちまった;」という)
罪悪感は、軽減されている。」

イングランド人って、傲慢なようで

案外、自覚してるんだなあ。

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Saturday, 29 April 2006

「大国の興亡」

渡航の少し前、地下鉄の車内で、

雑誌「Number」の、「大国の興亡」というサブタイトルがつけられた中吊り広告を見つけて、内心、非常にウケました。

子供時代に流行ったポール・ケネディのベストセラー(管理人が前の大学に入ったころは、すでに”古典の一冊”でした)”The Rise and Fall of the Great Powers”を、こんなところで思い出したことが、なんというか、一興で。

そんな訳で、大国の興亡について、「マーフィーの法則」のパロディで、公準を作ってみました。

「パクス何々と呼ばれるに至った国は、
やがて、統治者としての無能さを証明するまで勢力範囲を拡大しつづけ、
しかる後、転落する。」

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自分で書いていてもヒネリのない公準だなと思いますが、話題の性質上致し方ないです。だって、

ほとんどマンネリといって良いくらい、みんな、そうなんですから。

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Tuesday, 25 April 2006

スチュワート島アウトドア体験その二

出発の二三週間くらい前、やっぱり授業中に聞いた
S夫人の万国漫遊譚から、今回の話は始まります。

**国の留学生って、大変なのよね。
職がないから。
てゆうより命が危ないから、
親も必死で、なんとかして子供を送り出すの。
●●年から軍事政権になっちゃったからね。

卒業生の一人が呼んでくれたことがあって
軍事政権になってから、
行ってみたんだけど、
言うには、政府が学問を忌み嫌っていて、
高等教育が禁じられたとかで、

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Sunday, 16 April 2006

イスラム法と、慣習法圏の常識に触れたよ

ちょっと前のことになるけれど、
サウジアラビアの教育大臣がファウンデーション・イヤーに寄って、
けっこう熱心に、自国の学生と話していったそうです。

翌週、英語のS夫人がサウジ組に、
大臣とどんな話をしたの?と訊きました。

留学生のアマー(数回前に出てきたやつ)がいうには

「これまでの結果に満足しているので、
留学生への支援を増やす、って
俺たちに約束して帰りました」
だそうで、

その結果を出した学生たちの一人として、
得意そうでした。

故郷から応援、かあ。 長年、孤立無援でいる管理人には、まぶしいです。

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Wednesday, 29 March 2006

ベスト&ブライテスト

前記事のウォーキングで、
ダニーデン市の貯水池近くを通ったとき、
上水道の施設が建っているのを見つけました。

それほど大きくない建物で、
外見からは、恐らく屋内が3区画くらいに分けられていること,

その程度しかわかりません。

まず確実にあるのは、貯水池から取り込んだ水の
不純物(落ち葉とかムシとか)を沈殿させる水槽と、ろ過の設備、そして
殺菌のために塩素を添加する設備。

そしてこの街では、
虫歯予防ということでフッ素も添加しているので、
そのための設備も、あることでしょう。

日本から来たわたしは、フッ素添加の設備の前に立つなんて初めてです。見たいなあ。外からでも何か、わからないかなあ。

多分わたしの目は、相当輝いていたんだと思います。
化学を教えているマーガレットが、
こういうのに興味あるの?と訊いてきました。

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Wednesday, 15 March 2006

人間扱いへの未練をなくした理由。

管理人は今日、大変元気でした。

一日を、寝起きの暗記物と武術の練習から始め、

その後、朝5時から夕方5時まで、机に向かってばりばりと勉強し、

学校では、「学期初めテストで、めったにない好成績だったよ」とこっそり教わったり、

かつて平均9.9でコースを終えた生徒がいたと聞いて、やる気を出したり、

物理の実験で、誤差を低く抑えて、いい気になったりと、元気でした。

今日はいろいろと成し遂げた気がするので、一日の終わりに少々気を抜いて、
前から書きたかった、ちょっと重いことを、書いてみます。

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ホームステイを始めた一月中旬ごろ、

ホストマザーのクリスティーナが、テレビで、
サダム・フセインへの裁判のニュースを見て、
フセインに対し、
なんて極悪非道な独裁者なの~!、と言う感じで
もの凄く、怒っていた。

明らかに同意を求めている。

けれど、わたしは、そう、素直には怒れなかった。

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Saturday, 24 December 2005

マンハッタン計画異聞

わが国でしばしば目にする言説に、

原爆は開発当初からドイツに投下する予定など無く、
日本に投下すると決まっていて、
これは東洋人への人種的偏見に端を発する、というものがある。

M・ミッチェル・ワールドロップ著「複雑系」 (田中三彦&遠山峻征訳、新潮社、1996年)を読む限り、実際は少々異なるらしい。

タイトルからも判断できる通り、この本は原爆に関する論考ではなく、カオス理論などの気鋭の学者たちの生き様を追った、純粋な科学読み物だ。

おもな舞台は、ニューメキシコ州にあるサンタフェ研究所で、

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Tuesday, 20 December 2005

クラウゼヴィッツの暗号文、絶望に対する絶望

時々、内臓でいうと小腸の辺りに、しっくりこない重さを感じる。

食べ過ぎの可能性(笑)を除外してから、座って少し考えて、わたしは、自分が悲しいのだということに思い至る。わたしは自分の感情、とりわけ「苦」と「哀」には、こういう経緯でしか気付けない。というより、意図しないと気付かないように自分を作って来た。セルフケアに差し障る特性であり、まだまだ改善の余地がある。

気晴らしを行うのも一つの対策で、社会人としてはそのほうが良いのだろう。それでもわたしは、時間さえ許されるなら、精神状態を徹底的に、落ちうるところまで落としてみる。そして、時には数日をかけて、自分の「悲しみ」の根底にあるものを、棚卸しするという作業に入る。

絶望に対し、絶望するまでだ。

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Monday, 05 December 2005

イラク戦争と、人質事件をさくっと切ってみたい

12月にもなり、街はクリスマス気分のようです。街路樹に輝く電飾、ネオンサインもいつもの2割増くらい輝き…

イラクで人を殺している割には、エネルギー利用に節操がなくないですか?

一応、中東で日本が守るべき国益の第一は、石油資源の確保であるはずです。原油価格が安定しないと日本の産業界には死活問題。下手すると国民が困窮する。それを防ぐためには血も流しましょう、って。

現代の戦争ってものが見えていない、アメリカらしい時代錯誤な理屈だと個人的に思いますが、一万歩くらい譲って、原油の確保を、人命を賭けるに値する目的だと仮定します。ですがその、人を殺して得た原油で、何をしているのでしょうか。

ブッシュさんと言えば、京都議定書もどこ吹く風の、悪名高いエネルギー資源浪費魔です。

我々にしても、再利用のめども立てずにプラスチック製品を作っては埋めたて地に捨てたり、夜の風呂とは別に、朝もシャンプー用の湯を沸かしたり、あるいは、一枚上に羽織れば快適と知りつつも、着膨れが嫌で室温を上げたり、クリスマスケーキにイチゴが乗ってないと寂しいので、重油を焚いてイチゴを栽培したり、と贅沢三昧です。

もちろん、それぞれに依存して生計を立てている方もおありでしょうが、石油ショック以来既に30有余年、国も産業界も、対策を練る猶予を与えられていた筈です。

もし、原油の使われ方を見直して効率の良い消費を心がけていたなら、あとは他の産油国とちょこちょこ交渉するだけで、必要な量の原油を確保できたかもしれません。

前にも書いた卑近な例えですが、節約すれば生きていける収入の人間が、浪費を改めもせずに、金が足りないからって強盗殺人をしているみたいな戦争です。

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管理人は、自衛隊駐屯地の近隣で育ちました。ご近所さんや幼馴染には、親子共々自衛隊員ってひとも多くいます。

個人的な希望としては、わたしの知り合い達に、強盗の手先のような恥ずかしい仕事をさせないで欲しいですね。そりゃあ、他に雇ってくれる場所のない、エリート様から見ると「鴻毛の軽き」存在たちかもしれませんが、政治家や外交官の手抜き仕事や、大言壮語の尻拭いをさせられるんじゃ、殉職しても納得できません。

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Wednesday, 30 November 2005

日記/円安と株高/プラザ合意以降今までの記憶を追ってみる

明日は退職。早めに出社して、本格的に挨拶まわりをする予定。 管理人が実は医学部受験生もどきだった、ということは上司を除いて周知していなかったので、同僚にびっくりされています。

今まで、卒業式等では泣かないタイプでした。 が、今回ばかりは涙腺が弛みそうで気がかりです。ポケットティッシュ、多めに用意しないとね。

さて、学費の振込はNZドル建てなので、久しぶりに為替相場を確認して、びっくり。

この半年で、円は、急速に、しかも地球規模で人気を失ってませんか。それと同時進行で株価が小泉政権発足当時の高値に戻り……て!!!!

ええとね…不気味なんですけど。なんというか…臭いがプーンとするんだもの。なにかって、

海外の投機筋がいろいろ仕掛けてるニオイが。

来年のいつごろか不明ですが、株・債券共に、壊滅的な規模で売りが行われる可能性が高いとわたしは踏みます。読者で株をやっていらっしゃる方(いるのか?)は、俊敏に売り逃げる自信が無ければ、ヘッジを真剣に考えたほうが良いか、と。つまり、ひょっとすると、ヘッジファンド好きさんには絶好のチャンス…かも…?

トーシロが何をほざくか、とおっしゃる向きは当然いるでしょうが、今日の、この状態をもって景気回復だ♪と喜ぶ善き魂は、もしいるとすれば、 俗に「文Ⅰ・文Ⅲ・ネコ・文Ⅱ」と呼ばれる教育を受けたネコよりのん気な経済アナリストのほかには、天敵を知らずに進化してきたオセアニアの鳥類くらいしか思い浮かびません。

愛らしい性質だとは思いますが、大人としてはいかがなものでしょうか…

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Sunday, 27 November 2005

スナフキン、太公釣魚を気取る/日本食とベリー/伝統医術

…我ながらヘンなタイトルで3つ、お題を書いてみます。 

管理人じゃすみんの行動は、スナフキンに似ているようです。(影☆さんサンキューです♪)スナフキンといえば、彷徨と、なにより釣り。そして釣りといえば…

…今になって初めてコミック「封神演義」を読んでいる筆者(長年の病み上がりですので)としては、ちょっと太公望気分。という訳で、今夜の話題一個目は、釣りで決定。

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小さい頃に住んでいた地域には、小川が流れていた。
珍しく護岸されず、自然のまま放置されていて、もってこいの遊び場だった。
岸で、美しい雉の営巣を観察するもよし、
「渡河作戦ごっこ」や「治水工事ごっこ」をしても、誰も叱らない。
但しこの小川は、

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Sunday, 20 November 2005

イエダニと、土俵の女子禁制に、軽くジャブをかましてみる

日本の伝統/俗説2つに、ごく軽いツッコミ。

①ハウスダストで子供らが続々アレルギーを発症し、畳を避ける人が増加、という昨今の世情。 畳屋さんが「昔は、畳に虫を湧かせるなんて余程ずぼらな主婦でないと有り得なかった」と仰ったり、

あるいは住宅の気密化を云々する専門家が大半だったりします。

……そもそもイエダニ系は、近代以降に海外から流入し、徐々に広がった外来種だと聞きましたが、あれは空耳でしょうか。

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②たとえ太田府知事でも土俵の上に上がってはならない理由は、女性が穢れだから、とか言われてますよね。

「相撲の神様は女性で、力士は彼女に仕える神官、つまり恋人のよーなものだから」というのがそもそもの由来だよ、と小さい頃に日本神話を学んだ記憶がありますが、

これは、かつての管理人のいとけなさ故の、気のせいでしょうか。

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Monday, 14 November 2005

帝国主義の時代だったから仕方がない?

日本の昔の侵略を、帝国主義の時代だから仕方がないという
人がいるので、ちょっと突っ込みを入れてみます。

その頃の帝国主義ブームは、
列強の間では第一次世界大戦をもって終わっちゃってます