Thursday, 13 March 2008

ギフテッドとして知的欲求の誘爆を避けるコツ

最近身について良かったと思う習慣の一つに、

「思考が逸れそうになったときは、何に逸れそうになったのか、メモに残す。書き留めたら本筋の仕事に戻る」「書き留めたことは、空き時間が出来た時にやってみる」という習慣があります。

俗にギフテッドの思考は地雷原と呼ばれるほどで、日常のいたる所で知識欲の爆発を起こします。

下手をすると、ふとした刺激から次々と誘爆に似た状態に陥り、手が付けられなくなったりします。管理人も、例外ではありません。

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Thursday, 17 January 2008

幼いギフテッドと、社会の事件

もう年が明けてしまってからこう言うのも何だが、

管理人は、毎年、11月・12月が近づく度に、過去の嫌なニュースを幾つか思い出す。

人民寺院集団自殺事件は、その一つだ。

確か、ニュースが伝えられた最初は、

ガイアナ(という、いかにも熱帯的な名前の、アフリカだか南米だか世人の大半は知らないような国を、なぜか訪問中)の、米国議員を初めとする数人が、銃撃を受けた。

…というあっさりしたベタ記事の速報で、それを追う形で直後、

アメリカの新興宗教の信者が、南米ガイアナに移住して奇妙なコミューン生活を送った末に集団自殺を図り、老人・子供を含む900人以上が死んだ

というニュースが伝わってきた。

新聞に載っていたのはその900人の遺体の空撮写真と、倫理的に問題なさそうな近接写真だけだった(と思う)が、

建前として暴力的な要素は放映しないはずのTVでも、

この時の死屍累々たる映像は、その後何年も番組改変期でネタ切れになるたびに流れた(ように見えた)ので、否応なしに思い出す破目になった。

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事件そのものについては、幼いなりにミルグラム実験スタンフォード監獄実験などを既に知っていたこちらとしては

人間は、元々そういう生き物だからな

という感想しか持たず、特に驚きもしなかったが、

「そういう生き物」を、自分は好きになれるのか?という点や

曲がりなりにもこの生き物の一員である以上、私自身や周囲の人間も同じような愚行に走りかねないという事実や、

私は今後、この生き物に適応しなくてはならないのだ

という事について考えた時に、5才だった私は、心底、ゾッとした。

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あれから長年頑張った結果、今の私は少なくとも当時よりは人間好きになったが、

正直言って余り係わり合いになりたくない、と、未だにどこかで思っているのも、確かだ。

幼少期のギフテッドが、他の子供が気づかないような社会の現実に気づいて困惑する、という事は物の本には書いてあるが、私のケースは、その具体例の一つだと思う。

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Monday, 14 January 2008

例え「どう見てもギフテッド」でも

管理人は『大半の人の目には、明らかにギフテッドに見える』という特徴を持っています。「自分は知能が高い!」と言って回っている訳ではありませんが。

(話のタネとして言うことはありますが、当然、話半分にしか聞いてもらえませんって!)

それでも、大体誰とでも、しばらく真剣に切磋琢磨したなら、

”自分がこれまで常識としてきた「人」とこの人は、どうも別の生き物らしい”

ということは、納得して貰えます。

ただし、そうやって『別の生き物』と認識されること自体は楽でも、たとえば日本の学校ではこの種の子供の取り扱い方法が周知されていないため、大抵の反応は

「あなたみたいな子を、前に見たことがあるわ。あなたと同じく、誰から見ても頭が良すぎて、皆に馴染めなかったの。でも、その子がこないだ学校に挨拶に来てねえ、『大学に入ったら自由に勉強できるようになった!』って喜んでたわ。あなたもあと●年の辛抱よ」

という感じでしたが。

対照的に、ニュージーランドで通っていた学校の先生やスタッフの皆さん方はギフテッドを扱いなれていたらしく、

『地元のギフテッド児童向けサークルでボランティアをしませんか?』と誘われたりしましたし、

あるいは、先生方から放課後などに

『君のように明らかにギフテッドだと、小さい頃から周囲の期待の重圧に苦しんだり、高い基準を押し付けられたりして、大変だっただろう?』

…というような、ギフテッドに関する一般教養的な質問を投げかけられたことも、数度ありました。

当時の自分は、『親からは逆に、勉強を嫌がられましたよ(苦笑)』としか答えられませんでしたが、

今にして思えば、生まれてから今まで親には期待されない代わりに、他人からは大体、高い基準を課されてきましたね。

客観視と呼ぶには余りにもぶっ飛んでいて、現実の自分とかけ離れた期待で、確かに嫌でした。

社会人になってからも例えば、

例の、実家の父と母と兄が全員病気で働けず、とりあえず働ける自分にも実はドクターストップが掛かっていて職場を一歩出ると廊下の角に頭をぶつけるくらいアレな状態でとりあえず給料分の仕事しかできないって頃でも、まるで限りないポテンシャルを秘めた人材を見るような眼差しで、育成されそうになったり。

未だに心の中で「先輩方がっかりさせてすみません」と当時の関係者に謝ることが、時々あります。

「実はアレとかコレとか事情を抱えて働いているんです」なんて、当時は説明できなかったですね。職場から退職勧告をされたでしょうし、私の場合退職しても実家療養はかなり無理なので、飢え死にしたくなければ黙って働き続けるしかなかったわけですよ。

それほどヨレッとした状態でも、能力ありそう!と思われていたのです。

ただ、健康な今となっては、長所たりうる要素かもしれないと思いますね。信用を勝ち得やすい、ということですから(^ー^)

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ちなみに下は、ギフテッドの大人が日常で出会いがちな問題が活写された文章です。

Hoagies' Gifted: Optimum IQ: My Experience as a Too Gifted Adult
http://www.hoagiesgifted.org/optimum_intelligence.htm

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Wednesday, 02 January 2008

知らないことの多さに耐えることが出来る能力。

管理人の中学・高校時代は家庭が一杯一杯で、学校とは、家では得られない休息を得るための場所だったので、

正直言って、学校生活についても授業内容についても、よく覚えていません。

惜しいものを逃したな、と思っています。

そのため今でも新聞等で夜間中学の記事を見かけるたび「いっそ中学から入りなおそうか」と思ったり、あるいは「仕事帰りに、定時制高校に通おうか」と思ったりすることがあります。

効率を考えると自習のほうが勝るはずなので、単なる未練にすぎませんが。

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そんなこんなで先日、参考として、地元の進学校の生徒がどんな勉強をしているか?という新聞記事を読んでいたところ、

ある優等生の、確か学者志望の男子が「自分に知らないことがあるのが許せない」と言って頑張っているのを見て、

何となく不思議な感じがすると共に、

2歳5ヶ月のお正月に買って貰った伝記集にあった、ニュートンの死の間際の言葉を思い出しました。

その子供向け伝記の現物はもうありません。が、元は以下のような文らしいです。

I do not know what I may appear to the world,
but to myself I seem to have been only like a boy playing on the sea-shore,
and diverting myself in now and then finding a smoother
pebble or a prettier shell than ordinary,
whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.
                                                               

ニュートンの時代に比べ現代の科学が進歩していることは述べるまでもないですが、人間が知っていることよりも、知らないことのほうが遥かに多いのは、今も変わりありません。

「自分に知らないことがあるのが許せない」と頑張って、仮に一分野を徹底的に学んだとしても、それで真理を修得できたわけではなく、まだ荒削りで不完全な「なるべく真理に近い何か」を得たに過ぎません。

それらを大勢で根気強く削り上げ、磨き上げて、徐々に真理に近づけていくのが、恐らく、科学者の営みなんだと思います。(勿論、磨き上げた結果何も残らないことも、間々あります。)

科学者じゃない私が書くのも、なんですが。

ともあれ、折角覚えたものでも、そうやって次から次へと時代遅れになる以上、「知らないことはない」という状態には、決してなれません。

そうである以上、「世界には自分の知らないことが沢山有って楽しいなあ」くらいの、ゆったりとした態度で臨む事が、望ましい気がします。

「自分に知らないことがあるのが許せない」という意地は、ときに「自分に知らないことがあるのを認めたくない」という偏狭さや、安易な結論に飛びつきたがる知的怠慢へと、容易に転化しますし、

そういう自称「学者」がどれほど有害かは、敢えて書くまでもないでしょう。

ただしこの「自分に知らないことがあるのが許せない」という考え方は、小・中・高くらいまでのレベル、つまり、教科書の範囲をひたすら徹底的に修得すれば良い段階では、有利だろうな、とは思います。

その辺は真似しなきゃな、と考えています。

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子供時代の管理人は、覚えている限りずっと、学校教育という奴が嫌いでした。

大抵は「有力な仮説」や「便利な仮定」に過ぎないものを、これが不変の真実だ、唯一の正解だ、という態度で押し付ける不誠実さ(≒頭の悪さ)がそもそも嫌でしたし、

そういう教育で教わった内容を大人になっても引きずって、今現在の目の前の現実よりも昔覚えこんだ大学のテキストを信じるような、自称「学者」「知識人」「エリート」が、その辺にわんさかいるのも嫌でした。

(その意味で『大学には馬鹿しかいない』という母の言葉には、嫌な説得力がありましたね)

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ちなみに、一昨年ニュージーランドで入ったコースは日本で言うと高校から大学一年にまたがるようなレベルの内容でしたが、授業の最初に

「別にここで教えることが真実とか正解とかいう訳じゃなくて、今の時点で、できるだけ真実に近いものを扱っているだけですから。」と謙虚で頭のいい説明があったので、

「じゃあ幾らでも徹底的に覚えてやろうじゃないか!」「こういう教育なら、付いて行っても大丈夫だろう」という気にさせられました。

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ニュージーランドの大学の研究内容のほうが日本の大学の研究内容よりレベルが高い…とは言いません。高校以下に至っては、日本よりゆとり化が進んでいるようですし。

しかしニュージーランドの学校や大学の、先生たちや学生が持つ、上に挙げたニュートンの台詞にも共通する懐の深さや、お互いに無知であることを知る意識から生まれる絶えざる研鑽や、「毎日が下克上」的な活き活きとした雰囲気は、日本では稀有なものに思えました。

日本の場合、明治維新以来

「欧米の最先端の知識・技術を沢山輸入し、唯一の真実として国民に教え込み、鵜呑みにさせる」「この鵜呑み方式に疑問を差し挟む奴は、国の発展の邪魔」

というスタンスがあってこそ、ここまで産業が発達し、欧米に猛追できたわけですが、

産業では既に欧米に追いついた筈の現在になっても、

学術分野では、この鵜呑み方式を好む硬直した態度には、今の所、大きな変化がないように見えます。切り替わったほうが、国の(あるいは科学の)発展のためには、良いと思うのですが。

そのほうが、ギフテッドも暮らしやすくなると思いますし。

なんだかとりとめのない文章ですが、今日はこの辺で。

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Friday, 28 December 2007

ロータリー

管理人がロータリーエンジン好きだった小さい頃

ご近所その他の周囲の大人たちは、

マツダとかメルセデスとかポルシェのロータリーエンジン車にロータリークラブのステッカーを貼っていたので、幼心に大変紛らわしく、

当時の私は「ロータリークラブというのは、ロータリーエンジン愛好家の集いか、あるいはカーマニアの集いで、もののついでに慈善活動をするのだろう」と誤解していました。

まあ、マークだって車輪っぽいですし(言いのがれ)。

ギフテッドと言っても小さいうちは世間知が無いので、そんな風にお馬鹿な事を考えます。小さい子供が、よく、プリンスホテルとプリンを関連付けて考えるようなものですね。

ちなみに上記の記事のおばさんの一件は、マツダRX-7がまだ出回っていない頃の話なので、管理人が四歳以下だったことだけは確か。

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Friday, 14 December 2007

IQ200とか175とか

たまーに、例えばライス補佐官のような人を引き合いに、現行のアメリカの知能検査ではIQ200なんて数字は有り得ない、ガセだ。というような説明を見かけますが、実はそういう記事は知ったかぶりをしているだけで、

海外のまじめーな文献には、普通に出てくる数字です(珍しい存在ではありますが)。

IQというのは大変大雑把な数字なので、細かい数字の違いに一喜一憂するものではないですが、

向こうの専門家が何故200とか175とかの違いに煩わされるのか、というと、ただ単に、明らかに扱い方のコツが違う、という経験則があるからじゃないかな、と思います。

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Sunday, 09 December 2007

困った親を持つ子供の進路について考える

前にも書いたが最近、勉強を兼ねて、医学・薬学・獣医学あたりの時事英語を触っている。

これらの分野に限らないが最近痛感するのは、

学究の道に進んだイトコや知り合いは、今は日々をこういう研究のただなかで過ごしていて、専門知識を積み重ねて、すでに最低でも十年以上の経験があるのだな、

私の記憶には幼い姿しかないあの子やらこの子やらも、今は、マンテル=ヘンツェルカイ二乗検定やらイェーツ補正やらを、まるで寝ぼけながら朝食を摂るように気軽に駆使できるようになったのだな、

彼ら彼女らと私の間には現時点で、たいへんな落差が存在するのだな、

ということだ。

そして管理人が日々の生活費を稼ぎ、何とか小銭を貯めようとしているこの先の五年や十年の間にも、例えば去年ニュージーランドで知り合った友人が、私より先に、進んでいくのだろう。

ただ何せ私は私なので、策を練り効率よく行動しさえすれば、まだ妥当なハンデの範疇だろうと思える。

例え将来、四十八歳で大学や大学院に入り直して、十八歳に比べて三十年のビハインドができてしまっても、『伝説の浪人 椿三十浪』って感じで、伝説を作れるんじゃないかとさえ、思う(管理人は浪人じゃないが)。

まあ、強がり抜きでも、

自分とは、学問を奪われたら生きていけない人間だと、親元での年月に明確に判ってしまったので、いずれにせよ、この先何年かかろうと、そのうち彼らと同じ場所に行くが。

海外では、日本より、年齢を気にされないだろうし。

ただ、もし似たような境遇で学問の道を志す小中学生がいたら、このことは言っておきたい。

下手に親元に残るより、施設等に行ったほうがいい。

成績優秀な子供であり、頼れる親がいないなら、国公立大学では学費減免だの何だのを受けられるから、大学進学を諦める必要はない。

あと、

親元にいればほぼ確実に身体・精神共に壊されるが、

施設の人には いい大人がいるかもしれない。悪い大人もいるだろうが、少なくとも自分の親よりはきちんと暮らしている、そんな大人に出会える確率は高い。

そして子供は、できるだけ、いい大人を見て育ったほうが良い。

親を残していくのは心配かもしれないが、よく考えてみろ。

大の大人がどうすれば自分自身を幸せにできるのか、という点については、本来は彼ら自身が考え行動すべき事であって、子供である君がそこまで背負うのはおかしい。

その意味で、

親元に残るというかつての私の判断は、どうやら間違っていたらしい。

勿論、判断ミスのままで終わらせたくはないが、いずれにせよ、どう願ったところで軌道修正は一朝一夕では済まないから、同じ苦労はお勧めしない。

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Saturday, 08 December 2007

アスペルガーの母VSギフテッドの叔母

管理人の親戚には、何人かギフテッドがいる。先日の話に出てきた叔母(母の妹)も、一応、その一人だ。

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Tuesday, 20 November 2007

ギフテッド&成功回避

…という検索ワードで当サイトに来た方がいらっしゃるらしいので、一応ギフテッドな母について書いてみる。

第一次ベビーブーム世代に生まれた彼女は、前にも書いたが、かつての全国学力テストで300万人くらいの同学年のうちで一位を獲った(全科目満点)。それにも関わらず本人は「あたしバカだから、大学に行こうなんて考えたことないもん。」程度の自己評価しかしていない。

ある日の管理人が「いや、少なくともテスト勉強には向いていたわけでしょう。」と訊いたところ、母は

「でもさー(不満そうに)。テスト結果が戻ってきた日にね、『みなさんも頑張れば、○田さん(←母)のようになれます』って、クラスで、せんせいがいってたよ。それはつまり、みんながそういう点数を取らなかったってことは、

みんなが頑張らなかった、ってことでしょ?」

と言った。

「いや、その300万人の中には、それこそ幼稚園に上がる前から家庭教師をつけて一日数時間勉強しているような人や、今現在、有名な学者になっている人もいたわけでしょう。」と私が押してみても、

「でも先生がそう言ってたんだよ?先生が嘘言うはずないもん。だからあたしが頭がいいわけじゃないもん」と譲らなかった。

今にして思うのだが、こういう親をなんとか説得して成績相応の進路に進もうというのは、ギフテッドによくある成功回避以前のハンデだったと思う。

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Friday, 19 October 2007

隠者タイプのギフテッド/車に例えてみる

去年の留学中、「ギフテッドの児童生徒が学級の中でどのような存在となるか」をいくつかのパターンに分けた本を大学の図書館で読みましたが、強いて自分をこの分類に当てはめるなら、"The hermit(隠者)"タイプだったように思います。

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