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Wednesday, 04 June 2008

久しぶりに。

しばらくブログを更新しない間、仕事のほかは、主に勉強…というか修行をしていた(分野が特殊だし、座学じゃないので、勉強という言葉は似つかわしくない気がする)。

その間、ブログのコメント返し等について今後の方針を考えていた。

管理人は、熱心に話しかけてくる人の話については、相手が誰であれ、同じくらい熱心に聞く傾向がある。

加えて、相手がたとえ誰でも、尊敬する点の一つは見つけて、学ぼうとする習慣もある。

理由としては、自分がギフテッド(そして、わりと苦労人の部類)であることから、相手の知能の高低や人生経験の軽重や、あるいは善悪や好き嫌いを一々気にしては、学校生活も社会生活も送れなかったからだろう。

これまでの人生では、他人の話を傾聴することで目を開かされることが多かったし、人生において学ぶべきことが増えたりもした。つまりは、楽しかったのだ。

ただ最近になって、ブログのコメント返しについては、どうかな?と疑うようになった。

熱心にコメントしてくる人に対して一々しっかりと返答することは、どうも、自分の許容量を超えている。

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私個人は、例えば友人というのは、数十年単位の時間を掛け、信頼関係を醸成しつつ、じっくりと作るものだと思っている。

というのも信頼関係というのは、お互いに生・老・病・死の掛かった修羅場の二つ三つでも乗り越えて、本性や行動パターンを見極めない限り、築けないものだからだ。

実際、かれこれ三十年や二十年タメ口でワイワイ話せるような関係の幼馴染たちでも、私にとっては親友ではなく、友人ですらなくて、単なる知り合いの域から昇格していない人々が、ほとんどだったりする。

(作ったことがないが、恋人とかは、もっとハードルが高い。)

残酷かも知れないが、大人というのは本来、そういうものだと思う。

とりわけ、こちらには人生の割と早い時期から守らなくてはならないものがあった都合上、致し方ない。

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ちなみに、管理人にとって友情や愛情とは、「この御仁の為に死ねるとまでは言わんが、手足の一二本くらいなら、まぁ、危険に晒す価値があるかな」と思える人物に対して持つ感情だ。

手足の数も命の数も無限じゃない(し、痛い)以上、そうそう安易に友情の愛情のとは言いたくない。

そのためか、

コメントにしっかり返答したからとて、「俺・私って、ブログ主から個人的に興味や関心を持たれているんだ!友達になれるかも?」と誤解するらしい人々の思考回路には、困惑する。

もちろん、コメント欄であっても、私と長年交流していれば、いつか、友達になれるかもしれない。

たとえ十年以上盛り上がり続けても、友達にならない確率のほうが高いけれど(笑)

そういう可能性を踏まえて、以前とあるコメント人の「友達になれる可能性がゼロではないのでしょうか?」という問いに対し、マトモに「ゼロじゃないですが」的な答えを返したところ、これまた、誤解されたらしいことがある。

「いけ好かない奴だが、五十年くらいかければ茶飲み友達にでもなれるかもしれん」と思っていた私は、たいそう当惑したものだ。

繰り返すようだが、人間関係というのは本来、そういうものだろう。

あと、これは私の少々特殊な条件だが、

私にとっては「誰かを友達に格上げする」というのは、「特に用事がない限り、数ヶ月から数年は放置してOK」「五年や十年は一言も交わさなくても、平気な間柄になる」ということだ。

逆もまた然りで、数年の間連絡を絶っていても、再会と同時にアホ話で笑い合える人が居たら、私はその人物に、友情を感じるかもしれない。

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管理人はこれからも当ブログのコメント欄を閉める心算はないが、あまり丁寧に応対しないことにしたので、悪しからずご了承頂ければありがたい。

相手が誰であろうと、人から間合いを詰められた時は詰められた分だけ下がりたいものだし、下がれないとしたら、気分が悪いので。

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三和特殊鋼様のコメントへのお返事は、後ほど書きます。少々お待ちくださいね。

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Comments

お久し振りです、忘道さま。

ご無事(かどうか本当は分かりませんが)でなにより。

今日のブログの内容に大賛成、拍手です。

特に、

 私にとっては「誰かを友達に---平気な間柄になる」ということだ。

のくだりに。

 51年半生きてきて、そういう友達がひとりいるのだが、最近、世の中の人々の、間合いの取り方に辟易することが多く、改めて彼女の存在を有難く感じる今日この頃。

 12歳で運良く彼女に出会えたこと、その物凄い彼女(彼女もギフテッドでありました。すげぇ奴でした)と何気ない中興6年間を過ごした有難さも。

 でももう何年も会ってないなあ。他のどうでもいい人たちとは飲み食いしてるのに。

 コメント返し、私には必要ないです。どっちかというと、個人的な感想のつもりで書いていますので、眼を通してさえくだされば。

 

Posted by: 浅間の風 | Thursday, 05 June 2008 09:53 AM

こんにちは、始めてコメントさせていただきます。
少し前に8歳の息子が、学校の担任にギフテッドの可能性があると指摘され、以来「ギフテッド」でいろいろ検索しているうちにここにたどり着きました。調べれば調べるほど息子の前途が多難そうで動揺しております。
これからも拝見させていただきたいと思っております。まずはご挨拶まで。

Posted by: hemisphere | Sunday, 08 June 2008 06:20 PM

浅間の風様
お陰様で元気です。
温かいご意見、有難うございます。

>世の中の人々の、間合いの取り方
頻繁に連絡を取らないと「嫌われている?」と疑う人々。

あるいは、他人と自分が別の人間であることを理解していない様子の、人々。。。

つまり、内心では相手を信用していない、という事や、相手の人格を否定している、という事なのではないか?と思ってしまいます。一緒に居て気分が悪くなるのは、自然かも知れません(苦笑)

書かれているお友達のような、思い出すだけでさわやかな気分に成れる存在は、やはり良いですよね。


hemisphere様はじめまして。

ギフテッドを囲む状況は、管理人の子供時代よりも遙かに良くなっていますし、特にこの数年は日進月歩で進展しているので、悲観はご無用と思います。


なにせ私が小さい頃は、

高知能児の存在を語ること自体が、反道徳的に見られていたのですよ。まるで、「優性思想の信奉者」、「ヒトラー並の極悪人」のような扱いで。。


海外に活路を探すにしても、当時の円安の時代には、難しかったですし。


その他にも女児の場合

「科学的に見て、女に天才がいるはずが無い」

と、故・宮城音弥氏のような学者でも信じ込んでいた為、女児のギフテッドは、陰に日向に

『お前の頭が良いのは何かの間違いだ!!普通の女になれ!!』

という半端無いプレッシャーをかけられたりしました。特に私の場合は、幼児期から心理学の本を読んでいたことや、心理学者の知り合いが複数居たせいか、その辺り、辛かったです(爆)

翻って今は、ネットが有るだけでも、大違いです。

というのも、ギフテッドやギフテッドの親に必要なのは、同じ悩みを持つ仲間や、情報だからです。世界中からそれらを探せる、夢のような時代になったなぁ…と、私個人は思っています。

私自身は過去も前途も多難ですが(苦笑)、これは私が、ギフテッドの中でも極めて例外的な生まれであることに加え、

母が結婚前から心を病んでいて、育児に無頓着なうえに、自殺や蒸発や無理心中をやりかねない人だった…という、特殊な生育歴によると自分では考えています。


そんな母の娘である私は、自分の夢よりも

「五十歳までに死ぬ、という母の予言を成就させないこと」

を優先せざるを得ませんでした。結局これだけは成功しましたが、特殊かつ陰惨な青少年期だったと思います。


普通のご家庭の普通のギフテッドのお子様の場合、そういう条件下で育つことは滅多に無いと思いますので、私のように進路を逸れたり、落ち込んだりする事は、滅多にないと思います(苦笑)。


暗い話はここまで。

最近は、アマゾン・ジャパン等でも、(洋書ですが)ギフテッド関連の取り扱いが増えてきています。可愛い絵本っぽい体裁のものなど、表紙を眺めるだけでも夢が膨らむほどです。

「むしろ楽しむ!」位の心持でいらっしゃると良いかも知れません。平穏な人生は諦めなきゃならないかも知れませんが、冒険のような人生のほうが乙なものだし、

大冒険の始まりというのは何であれ、大変だから楽しいのですよ。


(と、ときどき装備がゼロに戻る自分に言い聞かせています。)
それでは!

Posted by: 忘道 | Monday, 09 June 2008 12:18 AM

大変丁寧なコメント返しをいただき、恐縮しております。お忙しい中、見知らぬ他人なのにとても親切にしていただき、ほんとうにありがとうございます。
「大冒険の始まりというのは、何であれ、大変だから楽しいのですよ」とのお考えがとても心に響きました。そのようなポジティブさと余裕を息子も身につけることが出来れば、彼は自分の幸せを見つけられるのかもしれません。

ところでお言葉に従って、アマゾンですこし書籍を検索しましたが、ヒットした本のほとんどが在庫なしで、在庫のあるものはなぜかとんでもないお値段のものばかりでした。「Gifted」だけでは十分探せなかったのかもしれません。アメリカのアマゾンでもさがしてみようとおもいます。

Posted by: hemisphere | Thursday, 12 June 2008 03:55 PM

たびたび申し訳ございません。アマゾンの件、再検索したところいくつか妥当な価格のものがきちんとリストされておりました。私は相当寝ぼけていたようです。自分の不注意を確認しないまま、前述のコメントを入れてしまい、せっかくのご親切に対して本当に失礼いたしました。とりいそぎお詫びまで。

Posted by: Hemisphere | Friday, 13 June 2008 04:13 PM

hemisphere様
少しはお役に立てたようで、何よりです

Posted by: 忘道 | Friday, 13 June 2008 11:14 PM

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