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Tuesday, 22 April 2008

テレビを見ないこと

巷に溢れる「ストレス対策」の読み物に、よく、「しばらくの間、テレビ無しで過ごす」ということが書かれています。

実際のテレビには良い番組もあるのですが、酷いものを見かけてしまったときは半端じゃなく滅入るので、私には、確かに危険な存在です。

あれを観て滅入らない人というのは、全ては自分とは関係ない世界の出来事だと信じているに違いない、とさえ思えるほどです。

例えば、何かにつけて「だまされた」と糾弾する割に、だまされやすい自分たちについて考えてみる様子は、一向に見えなかったりします。

犯罪報道についても、ああまでエンターテイメント扱いをするのは、それで気分がスッキリする視聴者がいるからで、つまり

「悪人は生まれ付きの悪人。」「そんなことをしないワタシたちは、生まれ付きの善人。良かったね!」という、グレーゾーンのない、ものすごく雑な分類でしか善悪や人間を捉えない視聴者が、全国に数千万人もいる、ということです。

ぞっとせずには居られません。

世の中の悪というものには大抵、

そういう善人の、悪が悪たるゆえんを想像力だけで理解できる(理解している)と思っている鈍感さが加担しているのだと、気づくことが多い人生なので。

ともあれ長年のストレスにようやくひと区切りがついてきたので

「テレビを持っても良いかな?」と思えるようになったのですが、しばらく後回しになるとは思います。それくらい、優先順位が低いです。

(持つにしても自分の場合、パソコンのUSBポートにワンセグチューナーを差すだけ、とかで済ませそうな気配。)

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Sunday, 20 April 2008

あなたの魂に安らぎあれ

神林長平さんの同タイトルの本とは関係ない内容ですが、同書はネコとSFが好きな人にはお勧めの一冊です。(と言っても、ネコ好きにお勧めできる理由は、ラストまで分からないと思いますけど。)

寂光様とkana様のコメントへのレスを考えながら、心に浮かんで離れなかった思い出話を一つ。

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Wednesday, 16 April 2008

食事・栄養療法について(一)

kana様と寂光様のコメントへのレスを兼ねて。

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先日の季節の変り目に、久々に軽い風邪を引いたときのこと。

一週間ほど連日、夕方4時くらいから微熱が出て、顔が熱くなったり、手足が重くなったり頭がボーっとしたり、という状態が続いたのですが、

その時、私は、仕事に支障がないように気を遣いながら、

考えてみれば数年前までは、長い間、こういう発熱や身体の重さとの戦いが日常的だったことを思い出しました。

それが日常じゃなくなった後も、留学の少し前まで頻繁にぶり返していたことや、

そのたびに内心で「大丈夫か自分?」と、不安になっていたことも。

当時、仮に親に相談しても、医療費の負担を愚痴られたり「死ね」と言われたりで、思うように病院に通えなかったし、

もし親戚に相談しても叱咤されるだけだったので、

できるだけ平気なフリをしていましたが、

今振り返ってみると「心細かったろうな自分」と思います。

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管理人が、「食事療法」「栄養療法」といえる考え方に初めて出会ったのは、大学入学のために上京し、いわゆる「寝たきり学生」を地で行く暮らしをしていた頃のことです。

週あたり数時間、瞬発的に頑張って、そのたびに燃え尽きて、残りの時間を寝たきりで過ごす…というような時期、下宿の傍の書店で見つけたアンドルー・ワイル氏の著書がそれです。(「ワイル博士のナチュラル・メディスン」等)

これらのお陰で、カフェインや甘モノを過剰に摂取することの悪さや、精白しない穀物の良さを知ることが出来ました。

が、当時の流行では、「こんな不調にはこういうハーブが効く」というような、西洋の薬草にスポットライトが当たっていたせいか、食事そのものには、深く踏み込みませんでした。

「基本の食生活をきちんと。」という世論自体、今ほど盛んではなかった。

当時の私個人は、豆やゴマや野菜やキノコや魚など、一見しっかり食べていました。

しかし、白いご飯を主食としたり、安い清涼飲料水を大きいペットボトルで買ったり、朝食を「甘いシリアルと牛乳と果物」などで済ませることには、問題意識を持っていませんでした。

もし私に母仕込みの自炊能力がなかったら、さらに既製品に頼っていたはずなので、その場合、この歳まで生き延びることは不可能だったかもしれません。(その点では母に、微妙に感謝しています。)

つづく。

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Sunday, 13 April 2008

身体の使い方への無知

頂いたコメントに詳しい返答をしようとすると、まだ目と鼻の奥が痛くなるので、若干角度を変えたコネタを書いてみます。

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まだ十五か十六の初夏、ふとした理由で営林作業に駆り出された時のこと。

当時は初めて首を痛めた直後で、余り動けなかったのですが、気にせずに参加しました(※)。

山に到着して、道具を選ぶことになった時、

私は調子が悪かったこともあって、その日の得物に大鎌を選びました。立てると胸の高さくらいの柄に、肩幅くらいの刃が付いた…というか、端的にいうと、死神の首狩り道具みたいな鎌です。

刃付けが良いうえ、研ぎについても、実際に髪の毛を削げるくらい丁寧に仕上がっていたので、私としては理想的な選択だと思ったのですが、

周囲には「そんな怖いものを使うの?」と驚かれました。

「今日は調子が悪いから。」との説明で納得してくれる人は、いませんでした。

このほうが楽だ、と言っても信じてくれないどころか皆が怖がることに、逆に私が驚きました。

大鎌はテコの原理を活かせるし、

立ったままで作業できるから楽なのだ、と言っても。

対照的に、普通の草刈鎌では、一日中屈んだ姿勢で作業しなくてはならないし、身体の近くで刃を動かす以上、危険度は大鎌より高いのですが…。(慣れない人が使うと、自分の向う脛をザクっと切る、等の事故が良くおきます)。

飲み物についても、

他の人は冷たい清涼飲料水をガブガブ飲んでいましたが、私は自分の胃腸や神経に無用な負担を掛けたくなかったので、熱いほうじ茶を持参して、喉の渇きを潤す程度に飲んでいました。

そんなこんなで、炎天下の作業が終わったとき、

他のメンバーは疲れた疲れたとぼやいていましたが、私の体調は作業開始時とさほど変りませんでした。このことについても、驚かれたのを覚えています。

実際以上に元気に見られるのは、こういう振る舞いも一因かもしれません。

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※当時の私は、「おしん」みたいな痩せ我慢が、日本人の一般的な美徳であり、常識だと思っていました。

今も、かなり、そうです。

しかし実際は、同世代の男女においては、

少しの苦痛でもママンやパパン等に泣きついて解決を図り、彼ら自身は手を動かさないし、工夫もしなければ成長も欲しない(つまり、悩みさえしない)ことが良くあって、

私にも往々にして、そういう惰弱な態度が期待される…という現実が、あったりします。

そんな「普通の人」に馴染むことを要求されるのには、正直、困惑しますね。

そのような軟弱さは、私が人間に必要と考える尊厳を蝕むものだし、

一個の生物としても、末期的だと思うので。

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Monday, 07 April 2008

一緒に居ると元気が出る、と言われても。

自分を客観視する試み。

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管理人は、「あなたと一緒に居ると元気になる」だとか、「あなたを見ているだけで元気が出てくる」だとかいうお褒めの言葉を頂くことが、割と頻繁にあります。

物心がついた辺りから、ずっとそうでした。

で、

ひと様が元気になってくれる事は嬉しいにせよ、私個人は、この言葉が嫌でしたね。つい最近(今年初めくらい)まで。

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というのも、例えば

小学三年辺りで人生が既に非常事態だった頃に言われたり、

冗談抜きで衰弱死し掛けていた頃に言われたり、

先日に書いた、去年、母の問題で大変だった頃にも言われていたので、

その人々の大半が、私の元気さには無関心であることに気づいて悲しくなったり、

「ということは、ひと様に弱い部分を見せないのが、私の責任かもしれない」と考えるようになって無理をしすぎたり、

無理がたたって、暗い表情が抜けなくなってしまった自分に、更に自信をなくしたりもしたので。

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しかし考えてみれば管理人の人生は、どう転んでも、ずっとそう言われ続けるのだと思います。

何せ、あれだけ弱っても言われていたくらいですから。

だとしたら、ちゃんと食べるものを食べて、寝る時間を取って、笑えるときにはすかさず笑うなどしつつ自分を充電することも、大切にすべきなんだろうな、と

ここニ三ヶ月、考え直したりしています。

キザな物言いかもしれませんが、自分の運命を恥じていては何も始まらないですし。

自分の非力さや無知さ、限界を思い知ったり、取り返しのつかないことをしたり、散々恥ずかしい思いをしたり…という経験を踏まえてこそ、できることというのも、沢山あるでしょうから。

まとまりのない文章ですが、今日はこのへんで。

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Tuesday, 01 April 2008

物心がつかない、ということ

今は学校が春休みだとかで、

同僚の子持ちの女性とお弁当を囲んでいると、しょっちゅう携帯が鳴る。電話の向こうからは、まだ声変わりしていない小学校中学年と低学年の男の子が、連日無邪気なことを報告してくるので、傍で聞いているだけでも楽しい。

近所で餅まきがあったこと、

兄弟でお餅を沢山拾ったこと、

拾ってきたお餅で、お家の中でも餅まきをやってたら、にーちゃんが色々命令してきて腹が立ったとか、お餅って冷蔵庫に入れちゃダメなの?とか何とか。

毎日がとても楽しそうですね、という私に、

男の子二人のシツケは腕力勝負よぉ、と、その人は口を尖らせた。

その人は見た目からして女らしく、ついでに私より年下で、体罰といってもデコピン程度しかやらなそうに見えるが、

実際は、毎日が取っ組み合いだそうだ。

それをきっかけに、隣席の別の女の人(三十代後半くらい)が、子供時代に一緒に育ったという従弟の話を始めた。

二歳下のその従弟は、今でこそ各種の黒帯を所持するアマチュア格闘家であり、

思いやりに溢れた立派な社会人だけれど、

物心がつく前は、あらゆる場面で腕力勝負を挑んでくるタイプだったので、いまだにその記憶のほうが鮮烈らしい。

例えばキン肉マン消しゴムが一個見当たらない、というだけの理由でプロレス技その他を掛けてくるため、彼女も腕っぷしで反撃しないと毎日の生活を送れなかったのだが、

審判であるお祖母ちゃんは、そんな時でも

「お姉ちゃんなんだから、あんたが優しくしなきゃダメ。」と彼女を叱るだけだったとか。

ちなみにこの人も、たいへん女性らしい、優しげなタイプである。

管理人の兄は根っからの文化系だし、

従兄弟たちにしても、年上すぎて互いにお客さん扱いか、又は年下すぎて、私がオムツを換えたこともあるほど…という感じなので、

未知の家庭環境をしのいで来た彼女らのことは、何だか尊敬してしまう。(特にママさんのほう)。

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【今日のまとめ】

たとえば憧れのイトコのおねいさんに、

ウエスタンラリアートやエルボードロップ(かっこいい技)を、

スタン・ハンセン(かっこいい人)のようにキメて倒せば、

ボクも「かっこいい」と思ってもらえるんじゃないか?と考える、おっそろしく無邪気な心理状態。

それが「物心がつかない」ということ。

※注「ラリアート」=私の世代が子供だった頃の「ラリアット」の呼び方。

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