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Thursday, 31 January 2008

一生使いたくない言葉(法規編)

先日の仕事中に「外国語表記をそのまま使ってる法律て有ったっけ?駄目だよね?」という話になった時、

頭の中を検索していて、「そういえば小学生くらいの頃、無線関連の法規で、MAYDAYとか書いてあるのを勉強したなあ」と、遠い記憶を思い出しました。

あれは外国の船舶との緊急通信や、テレックスなどの存在を前提に出来ているので、いくら日本語で書かれることを旨とする法規の文章でも、あちらさん表記をそのまま採用する以外に方法がないだろう、と考えました。

脳内検索だけだとオボロゲですが、今はネットがあるのですぐに特定できます。

「無線局運用規則(昭和25年11月30日電波監理委員会規則第17号)」

法律じゃなかったです。orz

ともあれ、"SILENCE MAYDAY"とか、"SILENCE FINI" とか、"SECURITE"とか、緊迫感溢れる横文字が随所に散りばめられています。

ただ、こういう信号について

かつて小学生(多分低学年)だった頃は「カッコいいなあ」と思いましたが、

「実際に使う機会なんて、一生来て欲しくないな」と思うようになった今の自分は、少しは大人になったんだろう、と思いました。

それ以前に

今後の自分は船乗りにはならないだろうと思いますが。

なると思ってたのか、小学生の自分……。

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Friday, 25 January 2008

他人の不調に対する鈍さ

わりと最近、近所の小母さんに連れられて、地元の聖職者で、精神状態が随分落ち込んでいるという方にお会いしたことがある。

痩せて骨ばった体に、皮膚が蝋めいた色に浮腫んでおり、目の硬膜には軽い黄疸が出ていて、呼吸も脈も見るからに弱く、

どうみても精神的な問題ではなく、腎臓や肝臓の不調を主に、身体全体が弱っているらしかった。

それを小母様に伝えると、

「そういえば前に先生がね、『子供の頃から腎臓が悪くて、薬を飲みながら頑張っていたんだけど、長年薬を飲みつづけた副作用で、肝臓を痛めた』って仰ってたわねぇ。」と納得していたが、

彼女はその時まで先生のお身体のことを忘れていたらしく、どうやら、「気合が足りないのよっ!」風の精神論で片付けたくてウズウズしていた様子だった。

普通の人の、他人の不調に対する鈍さというのには、時々、物凄く驚かされる。

浮腫や黄疸などは、誰から見ても明らかだと思っていたのだが。

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Thursday, 24 January 2008

大山阿夫利神社に登った時の話

15年くらい前になるが、一年の今頃、神奈川に住む従妹に連れられて、大山阿夫利神社に登った(「参拝した」というより、「登った」)ことがある。

「風景は綺麗だし、湯豆腐も生麩も湯葉も美味しいしで、もう最高。」

という訳で、その従妹は大山が大変お気に入りで、当時鬱々としていた管理人には、いい気晴らしになると思われたらしい。

この従妹と叔母は他にも私を温泉に連れて行ってくれたり(箱根方面だからか家の近くに温泉が多い)、鍼灸に連れて行ってくれたりした、良い人たちだ。

その鍼灸の先生に「実家暮らしでここまで衰弱してしまうのは普通ありえません…。」と言われていた管理人を、そのまま芦ノ湖マラソンに連れて行って伴走させてみようとした(で、「忘道ちゃん足遅いよね。」と素直に呆れた)、管理人以上に漢思考な人でもあるけれど。

それまで従妹に連れられていった足柄山とか早雲山とかでちょこまかと走り歩きする分には問題なかったので、元気だと思われていたのかもしれない。

さて、その日の大山は丁度オフシーズンだったせいか人けが少なく、健脚二人組で登るも下りるもフリーダムって感じで、駆け上がったり下りたりを満喫できた。

叔母もいたので「女坂」しか使えなかったが。

とはいえ、難易度の低い「女坂」でも、当時疲弊していた管理人は翌日以降心臓その他がガクッと来たし、フルマラソン上等。な従妹でも疲れたらしいので、

ふもとの資料で春日局が頻繁に参拝していたというのを読み、それまでただ嫌いだった春日局が、ちょっと感心な人に見えたのを覚えている。

もう少し鍛えて、今度は男坂で登ってみたいなあ。

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Tuesday, 22 January 2008

トート・タロット

ちょっと心理学的というかオカルト的な小ネタで。

管理人がトート・タロットというものを初めて目にしたのは、確か小学校2年くらいの頃だ。私とは四・五才くらい年齢が離れた、父方のいとこの家でだったと思う。

当時の私はそういうものに詳しくなかったし(今も詳しくないし)、

特にクロウリーを否定したいわけでもないけれど、

大人ならばまだしも、まだ自我の固まらない年齢の子供が、あのサイケデリックな絵札を日々眺める…というのは、もの凄く精神衛生に悪いに違いないと、その時でも思ったのは確かだ。

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Monday, 21 January 2008

「それでも人生にYESと言う」

前回の記事のように、ギフテッドの特徴として

乳幼児期の子供にとって不適切なほどに強烈な内的経験があるけれど、

管理人の場合は、強制収容所の生き残りの人がご近所に居た事などのお陰で、フランクル的な「それでも人生にYESと言う」という態度を身に付けることができ、

結局、人間に絶望せずに済んだ。

自分は結構運が良い奴だ、と思っているのは、そういう経験があるお陰だ。(他にもあるけど、ネタみたいだから書きません:笑)

ちょうど内戦期のカンボジアの地雷原で育って生き延びた少年が、長じて地雷除去の達人として活躍したりするように、大抵の人生では、過酷な体験だろうと楽な体験だろうと、後々他人のために生かせるような何かを、掴みうるのだと思う。

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Thursday, 17 January 2008

幼いギフテッドと、社会の事件

もう年が明けてしまってからこう言うのも何だが、

管理人は、毎年、11月・12月が近づく度に、過去の嫌なニュースを幾つか思い出す。

人民寺院集団自殺事件は、その一つだ。

確か、ニュースが伝えられた最初は、

ガイアナ(という、いかにも熱帯的な名前の、アフリカだか南米だか世人の大半は知らないような国を、なぜか訪問中)の、米国議員を初めとする数人が、銃撃を受けた。

…というあっさりしたベタ記事の速報で、それを追う形で直後、

アメリカの新興宗教の信者が、南米ガイアナに移住して奇妙なコミューン生活を送った末に集団自殺を図り、老人・子供を含む900人以上が死んだ

というニュースが伝わってきた。

新聞に載っていたのはその900人の遺体の空撮写真と、倫理的に問題なさそうな近接写真だけだった(と思う)が、

建前として暴力的な要素は放映しないはずのTVでも、

この時の死屍累々たる映像は、その後何年も番組改変期でネタ切れになるたびに流れた(ように見えた)ので、否応なしに思い出す破目になった。

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事件そのものについては、幼いなりにミルグラム実験スタンフォード監獄実験などを既に知っていたこちらとしては

人間は、元々そういう生き物だからな

という感想しか持たず、特に驚きもしなかったが、

「そういう生き物」を、自分は好きになれるのか?という点や

曲がりなりにもこの生き物の一員である以上、私自身や周囲の人間も同じような愚行に走りかねないという事実や、

私は今後、この生き物に適応しなくてはならないのだ

という事について考えた時に、5才だった私は、心底、ゾッとした。

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あれから長年頑張った結果、今の私は少なくとも当時よりは人間好きになったが、

正直言って余り係わり合いになりたくない、と、未だにどこかで思っているのも、確かだ。

幼少期のギフテッドが、他の子供が気づかないような社会の現実に気づいて困惑する、という事は物の本には書いてあるが、私のケースは、その具体例の一つだと思う。

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Wednesday, 16 January 2008

一年の24分の1が終わった

先日職場の人と「もう一月も半分過ぎたねぇ」というような話をしていた時、ふと気づいて

「ということは一年のうちの二十四分の一が、もう終わった。ってことですね。」と言ったら

自分を含めた皆が、しばし愕然とした(ような気がした)。

さて、新年の決意のうち、早めに出勤して一年の業務内容を復習する、という目標については、

「あまり早く出勤しても自分ひとりのために暖房を入れることになるわけで、コストだのエコだのを考えると何か嫌だし第一寒そうだ」

という、省エネ省コスト意識なんだか言い訳なんだかよく判らない理由で実行していない。という訳でこれから厚着して、ちょっくら試しに出勤してみようと思う。

男性勤め人は正式の格好が羊毛製品で重ね着が利くので、日本の夏はともかく北国の冬には羨ましい。

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1/16 20時付記

とか言いながら、部屋を出た時点で気が変わり、結局、足を伸ばして、かつて父が死んだ病院を見に行ってから、出勤した。

時々、決意を固めるためにそういうことをする。

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Monday, 14 January 2008

例え「どう見てもギフテッド」でも

管理人は『大半の人の目には、明らかにギフテッドに見える』という特徴を持っています。「自分は知能が高い!」と言って回っている訳ではありませんが。

(話のタネとして言うことはありますが、当然、話半分にしか聞いてもらえませんって!)

それでも、大体誰とでも、しばらく真剣に切磋琢磨したなら、

”自分がこれまで常識としてきた「人」とこの人は、どうも別の生き物らしい”

ということは、納得して貰えます。

ただし、そうやって『別の生き物』と認識されること自体は楽でも、たとえば日本の学校ではこの種の子供の取り扱い方法が周知されていないため、大抵の反応は

「あなたみたいな子を、前に見たことがあるわ。あなたと同じく、誰から見ても頭が良すぎて、皆に馴染めなかったの。でも、その子がこないだ学校に挨拶に来てねえ、『大学に入ったら自由に勉強できるようになった!』って喜んでたわ。あなたもあと●年の辛抱よ」

という感じでしたが。

対照的に、ニュージーランドで通っていた学校の先生やスタッフの皆さん方はギフテッドを扱いなれていたらしく、

『地元のギフテッド児童向けサークルでボランティアをしませんか?』と誘われたりしましたし、

あるいは、先生方から放課後などに

『君のように明らかにギフテッドだと、小さい頃から周囲の期待の重圧に苦しんだり、高い基準を押し付けられたりして、大変だっただろう?』

…というような、ギフテッドに関する一般教養的な質問を投げかけられたことも、数度ありました。

当時の自分は、『親からは逆に、勉強を嫌がられましたよ(苦笑)』としか答えられませんでしたが、

今にして思えば、生まれてから今まで親には期待されない代わりに、他人からは大体、高い基準を課されてきましたね。

客観視と呼ぶには余りにもぶっ飛んでいて、現実の自分とかけ離れた期待で、確かに嫌でした。

社会人になってからも例えば、

例の、実家の父と母と兄が全員病気で働けず、とりあえず働ける自分にも実はドクターストップが掛かっていて職場を一歩出ると廊下の角に頭をぶつけるくらいアレな状態でとりあえず給料分の仕事しかできないって頃でも、まるで限りないポテンシャルを秘めた人材を見るような眼差しで、育成されそうになったり。

未だに心の中で「先輩方がっかりさせてすみません」と当時の関係者に謝ることが、時々あります。

「実はアレとかコレとか事情を抱えて働いているんです」なんて、当時は説明できなかったですね。職場から退職勧告をされたでしょうし、私の場合退職しても実家療養はかなり無理なので、飢え死にしたくなければ黙って働き続けるしかなかったわけですよ。

それほどヨレッとした状態でも、能力ありそう!と思われていたのです。

ただ、健康な今となっては、長所たりうる要素かもしれないと思いますね。信用を勝ち得やすい、ということですから(^ー^)

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ちなみに下は、ギフテッドの大人が日常で出会いがちな問題が活写された文章です。

Hoagies' Gifted: Optimum IQ: My Experience as a Too Gifted Adult
http://www.hoagiesgifted.org/optimum_intelligence.htm

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Sunday, 13 January 2008

「極めて局地的な生き神様」

管理人の母方の祖母の一族は、明治以前の日本には各地にいたという、ローカルな生き神様みたいな人々だったそうです。

まぁ、

代々一族揃って地学や医学・薬学やらに通じていて、天気を読んだり鉱脈を読んだり水脈を読めたり、星に詳しかったり、壊れにくい堤防を造れたり、病気を治せたり、他人にはよく判らない難しい計算をしたりしつつ、時々加持祈祷をしたり占ったりしていたら、昔の人の目には、神様仏様に見えたんでしょうね。

やってることの大半は、学問だったのですが。

生き神のような人々と言われていたけれど、幼い祖母が7歳でリウマチ熱に罹って心臓を痛め、10歳までに死ぬか15歳までに死ぬかと危ぶまれる身体になったとき、

彼女の命を永らえることができたのは、

東洋医学のお陰でもなければ、身内の陰陽師が与えた加持祈祷でも呪術的な二つ名でもなく(祖母はその二つ名を嫌っていました)、あるいはその家の仲良しのいとことの縁組でもなく、

ニトログリセリンや外科手術等の、西洋医学のお陰でした。

どうにか15歳まで育ち、皆から「そろそろ寿命では?」「うかつに外にも出せないのでは?」と思われていた彼女は、まもなくフィアンセさえも捨てて、他所者の祖父と、自力でかなり強引にくっつきました。

ちなみに祖母が婚約破棄の挨拶に行った時点では、陰陽道の家の生まれの婚約者は、大学の数学の先生になっていました。なにせ大正時代ですから。

さて、祖母が選んだ祖父は、一応子供時代に神職見習だった経歴はあるけれど「ツマンナイ」という理由ですぐに辞めた、要は普通の人でした。(神社への奉職については、『この子は神童だから神社に。』という昔風の発想で、周囲の大人が進めた話らしいです。)

そして彼女は結婚後も、ニトログリセリンやペニシリンや鉄の肺や人工心弁など西洋医学の恩恵を受けつつ、10人以上の子供を産んで育てました。

伝統医学や加持祈祷頼みでは、もっと早くに死んでいたと思います。

彼女は生まれ付き非常に美しい人で、しかも50代後半で死ぬ少し前まで16・7歳の少女のような容貌を保ち続けたので、子供(伯父・伯母)たちと孫の一部の間では伝説と化しています。

『物心がつくまで、このヒトは実の母親じゃなくて若い後妻だと思っていて、俺は、"まだせいぜい10代後半なのに、オヤジみたいなおっさんの後妻になるなんて気の毒に"って考えてた。でもそのうち俺の年が上がっても母さんだけは一向に老けないし、オヤジへの態度はどう見ても古女房だしで、何かがおかしいと徐々に気づき始めた』とか

『あのヒトが家でお母さんって呼ばれてるのは何かの間違いで、実はきっと10歳くらい年の離れた姉さんに違いない!と思いこんでて、友達にお姉さん自慢をして回ってたら、近所のおばさんから訂正された。そんなはずないって言ったら、更にキッパリ否定された』とか

『昭和元年生まれの姉さんが帰省してきたとき、「お母さんは、なぜ昔、私が産まれた時すぐに戸籍に載せなかったんですか?理由は何ですか?」って母さんに絡んでて、母さんは「理由は、私がお前を産んですぐに死ぬと思われていたからだよ!」と反論していて、明らかに、実の母VS娘の喧嘩だった。その日初めて"このヒトはホントに昭和元年に姉さんを産んだんだ!"って納得して、ものすごい衝撃を受けた。』とか。

しかし、それも私に言わせれば、病気でコラーゲン産生なんかに狂いが生じていたんじゃないかと。(実際、世間にはそういう理由で、異様に歳をとらない人がいるようです)。

母が、自分は神様なんじゃないかと思い込んだりする妄想にはこういう下地があるらしいですが、管理人としては、もう少し冷静になれば良いのに、と思います。

私が伝統療法等に対し強い興味を持ちながら、一寸遠目から見ている理由の一つです。

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Saturday, 12 January 2008

谷川俊太郎の詩を思い出した

昨日貰ったコメントに返事をしながら、なんか谷川俊太郎の詩を思い出したので、彼の詩が数本載ってるリンクを貼ってみる。

谷川俊太郎/ポエトリージャパン 『ゆうぐれ』
http://www.poetry.ne.jp/zamboa_ex/tanikawa/2.html

(同画面右のリンクから、谷川氏の別の作品も5本位読めます。)

著作権の問題はあるだろうけど、こうやってサンプルを読んで引き寄せられる人も沢山いると思うから、むしろ宣伝になって良いんじゃないかと。

※08年4月付記:元々貼っていた2chニュー速の記事が消えたので、ポエトリージャパンさんに付け直しました。

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ちなみに管理人の小学一年の時の担任の先生が大の詩好きで、親も本好きだったので、管理人はその頃からこの人の詩を読んでいて、

『朝のリレー』等の優等生っぽい作品もいいと思いますけど

こういうエロスでタナトスでアナーキーでデストロイな作品群のほうが好きな小学一年生でした。

管理人の図太さは、ひょっとするとこういう土台のお陰なのかも。

お陰で今も、むしろ変な恥じらいのある人は下品だと信じていたりします。人命が掛かっていることに臆病風に吹かれるってのは、お子ちゃまなら兎も角、人間失格だと思うので。

旗幟鮮明なのが一番ですよ。

懐かしいものを思い出したな。

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ちなみに、そんな管理人は、かつて兄から

漫画『ラブやん』の天使に似ている

と言われたことがある。外見や行動パターンや、実生活に役に立つのか役立たずなのかさっぱり判らない人外能力などが、全般的に似ているらしい。

『お前が読んだら怒ると思うから読むな』というので実際には読んでないが、

ちょっと調べてみたところ、確かに自分ってこんな感じだと思った。

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Thursday, 10 January 2008

未だにナゾ(+書き足し)。

時々ベタっとしたコメントが残されていくたび、対処法を考え込んでしまう。

正直言ってpoliteという人については、何故あんなにベタベタしてきたのか、未だにナゾだ。(変な人には遠隔視を使いたくないので、本当にナゾのまま。)

私もしつこいようだが、

この御仁のまるで幼稚園女児のような甘えや駄々や、IPアドレスがアクセス解析に出続ける事には、心底から不愉快な気分にさせられたし、理解に苦しんだのだ。

アレルギー気味になっても仕方ない。

Continue reading "未だにナゾ(+書き足し)。"

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Wednesday, 09 January 2008

母は鼻で笑うかもしれませんが

『誰が見ていなくてもきちんと暮らす』というのは自尊心を保つ上での基本だと思います。とりあえず。

なぜ「とりあえず」か、というと、俗にいう『毒になる親』には時々、

きちんと生きている子供が嫌い

という人がいるからです。

「いい子に見られたくてやってるだけでしょ?善人ぶってるだけでしょ?偽善的で心が卑しいよねー」という感じで。

身体的暴力等、明らかに道徳的に間違っている子育てならば、子供は『反撃しない』戦略を採用することで親よりも優位に立つことが出来ますし、万一の際にも自分を弁護できます。が、

『とにかくお前は道徳的に間違っている』というふうに、子供のあらゆる行動を否定する親の場合、子供は自分が道徳的に間違っていないことを、どうにかして証明しなくちゃいけないわけです。

けれど精神的虐待の場合、悪いことをしようが善いことをしようが、つまり

家事の邪魔をしようが手伝いをしようが、

遊びまわろうが勉強に励もうが、

ピアノをさぼろうがピアノの練習に打ち込もうが、

元気いっぱいだろうが寝込もうが、

とにかく『お前は間違っている』ことにされたりするので、子供としては、徐々に打つ手がなくなります。

そもそも子供のする「善いこと」なんて、アラを探したらきりがないでしょうにね。

子供のほうで、「自分は別に間違ったことをしていない」と自尊心を保とうとしても、その心構え自体が傲慢だ、と言われ続けたら、何だか納得してしまいますし。

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世間には、「虚無的な生き方こそカッコいい、世間など偽善ばかり」「人間なんて所詮は悪さ~」と思っている若いのは沢山いますし、その心構えのままで親になる場合も、多々あると思います。

そのうちの大半は、子育てと共に「私が/俺がしっかりしなきゃ」と考え、それなりに道を模索し始めるのですが、

問題意識さえ持とうとしない人も、相当数存在すると思います。うちの親がそうでした。

父は途中までそうでしたし、母は今も、かなり、そうです。

世間知も経験値もない子供が、こういう親の下に生まれてから脱出に成功するまでは通常18年以上も掛かるので、

脱出の日まで心身の健康を保つのは極めて困難だったりしますが、

世界には多分、生き延びるだけの価値は、あると思いますよ。だから今そういう環境下にいる子供には、なんとしても踏みとどまり、生き延びることを勧めたいです。

私の母は鼻で笑うかもしれませんが(苦笑)

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平たく言えば、世の中には乳幼児のような精神状態の成人がたくさんいて、彼ら彼女らは、

甘えたり、しがみついたり、駄々をこねたり、泣きついたり、不機嫌になったり、切れたりすれば、

丁度理想的なママが乳児の夜泣きを扱う時のように、誰かが自分の気持ちを察して、欲求を満たしてくれるはずだ、と思いこんでいます。

客観的に見れば、単なる迷惑行為なのですが。

彼らは同時に、自分の親や家族との問題や、自分の背負うべき荷物からも逃げていて、「こんな自分を他人が幸せにしてくれるのではないか?」という、他力本願な、ありえない夢を見ています。

管理人はかつて「そういう人でも困っているのだから、放りっ放しにするのは良くない」「通りすがりの一声でも良いから、暖かい声を掛けよう」、と思っていたのですが、

そういう「乳幼児みたいな成人」の問題については、本人自身が

広い世界に出て、何年もの間失敗や恥を積み重ね、絶対的な孤独感のなかで痛切な内省を行い(+ちゃんとした栄養を取り、規則正しい生活を送って)、

時には専門家による、適切な距離を保った治療を受け、

やがては現実を直視する以外に解決策がなく、

他人が関わるのは寧ろ有害かもしれない、と思うようになった昨今です。自戒を兼ねて。

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Monday, 07 January 2008

正月休みを終えて

正月休みを終えた今、頭の中が、随分すっきりしたような気がする。

9日間の連休とはいえ特に外出もせず、毎日3~4時間英語の論文を読み漁り、1時間ほど掃除洗濯や著衣喫飯に関わる他の時間はずっと来し方行く末について考えていたので、考えが整理できたのは、当然かもしれないけれど。

習字が趣味と言っている割に、書初めさえやらなんだ。

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管理人の場合、生まれつき「走る前に考えるより、走り出してから考える」性分で(走り出さないと判断材料が集まらないと思うので)、

悩んでも詮無いことを一々悩まない主義だし、

危機に際しても、××の一つ覚えのように即断即決即応しかしないので(これは半分短所だ)、

残る悩みといえば、

「短期間では結論が出にくいし、優先順位もさほどではないが、考え抜かなくては自他の命に関わるような事柄」

ばかりだ。

ま、国や会社やパパママに危機管理を委ねきったバブル期気分の人々やお子ちゃまでもない限り、「悩むことは自己憐憫」「死ぬ気で頑張れ、死なないから」なんていう杉●太郎氏の受け売りが妥当しない危機的状況が世の中に沢山あることはご存知だと思うし、

私も、重い悩みがあること自体は、問題ではないと思っているが。

管理人の場合は、そうだなあ、5・6歳くらいからいつも背負っているから、慣れているし。

代わりに悩んでくれる大人がいない…どころか、周囲が悩むべきことを悩まない大人たちで、まだ子供でも悩まないと周り全体が地盤沈下していきそうな環境だったので、否応ない。

有り難くないけどね。

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ただ、長年の間、置かれた状況が状況だったので、例えば長期的に考えるべき悩みであっても

今対策を考えないと、このままではジリ貧だぞ

というもの以外は脇に除けて置くしかなかったので、

長い間にそれらの考え残しが累々と積み重なり、まるで、思考の水路が詰まったようになってしまっていた。

かなりの間、何が悩み残しなのかすら把握できなくなっていたほどで、

例えば留学中でも、悩み残した事項を思い出すたびにポストイット等に書いて、部屋やら手帳やらに貼っていたくらいだ。

(これがまた、何かの弾みでポンと思い出したりするので、しばらくの間は手帳やポストイットなどを常に持ち歩かざるを得ず、不便だった。)

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父については、それなりに良心的な人間に成長してから亡くなったこともあり、もう、私が父の人生について、父の代わりに考え込む必要はない。悔やむべきことも、殆どない。悲しいことではあるが。

兄の悩みについては、兄を預かってくれている施設の人が兄と一緒に考えてくれるだろうから、私がすべきことは、今後くるはずの障害者福祉の縮小に備えて、超長期計画を進めることだけだ。

母については、本人は何も悩んでいないが、多分もう迂闊に死ぬような青臭い真似はしないだろうし、危なっかしいなりに稼ぐことを覚え始めたらしいから、その他のことについても失敗させ学ばせるしかないと腹を括り、

つい先頃、代わりに悩むことをやめた。

例えば、「父母が変な買い物をした時に備えて、流行の悪徳商法の動向や、クーリングオフ制度の改正を常に把握しておく」といったようなことは、小学生の頃からの私の習慣だったが

(ちなみにクーリングオフ制度って、本当に頻繁に変わりますよ)、

もう、そんな心配をしなくて済む。

母が持ち込んでくる例の余計な悩みが消えたのは、言うまでもない。

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こうして自分の悩みだけ考えればよい状態は、本当に心が休まる…というか、サクサクと思考が進むので、少し驚いている。

独立変数が「自分」一つだけになったシミュレーション、という感じで、色々な予測や計画が、本当に、本当に、本当に楽だ。

これまでの一生を費やして、ようやく、ここまで来た。

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Saturday, 05 January 2008

より上手く漂流するために

「元日からこのかた、2008年の計画を考えつつ、まとめられずにいる。」

…今日昼過ぎに上の一文を書いてブログの下書きに保存していたのだけれど、それだけで自分の情けなさが身に沁みたので、午後からは、一日&一週間&半年の計画を、それぞれ立てました。

結果、仕事のスキルを上げたいわ勉強をしたいわ身体を鍛えたいわという、自分のことばかりでテンヤワンヤな計画ができました。

それ自体まだ自己管理が下手だ、ということかなと思いましたが、

長期→中期→短期と実行可能な大きさまで落とし込んでいく技術については上達してきましたし、

そもそも、以前の、とにかく生き延びることだけに必死になっていた状態…というか、様々な目標や計画を、生きる意志を鼓舞するためだけに立てていたような状態に比べれば雲泥の差なので、

その期間を生き延びて、今の平和な状態までたどり着いたことは、自負して良いかな、とも思いました。

実際の計画について詳しくはここに載せませんが、

現在の日課や一週間の過ごし方を下敷きにし、この半年ばかりの生活の記録から「これはムダだな」と思えた部分について、改善する計画になっています。

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よく人生を波乗りに例える人がいますが、どうも管理人自身の人生には、波乗りの比喩は合わないような気がします。

波乗りというよりは、漂流という感じです。

人生が波乗りだった時期もあったかもしれないが、だとすると、どこかの時点で離岸流に攫われて、すっかり沖合に流されてしまったような感じがします。

”下手に潮流に逆らっても体力を消耗して死ぬだけなので、うまいことプカプカと流されつつチャンスを窺うのが、漂流のコツ。”

”陸地が視界に入っても、やはり潮の流れを見極めて動かないと徒労に終わるので注意。”

そうと判っているはずなんだがなあ、自分(笑)。

無駄な抵抗に美学を見出すような習性は、容易には抜けません。

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閑話休題。

半年間の計画の概要としては、

●4月までは

・職場での業務全般を復習し、他人に教えられる程度まで深める(早めに出勤して学習時間を捻出)

・新聞から、業務に関連する事項をスクラップし続ける

・武術については、(まだ月謝を賄えないので)以前に習ったものを復習(30分/日)

の三点に集中し、

●その他6月までの半年では

・節制を心がけると同時に、基礎体力をつける(一日2hくらいは身体を動かす)

・数学・物理・化学を、大学受験レベルで良いので一通り回し、復習(1.5h/日)

・英語についてはLancetかNatureの書き取り(15分/日)

・地学については用語集の音読(5分/日)

…ここで書けるのはこれくらいかな。

今やっていることと重複しますが、どれも定着させたい習慣なので、まあ良いや。

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余談。

時間管理の人気トピックとして、よく、「睡眠時間をいかにして削るか」というテーマが論じられますが、管理人の経験上最も確実なのは

午後10時前に寝ること

です。体質にもよると思いますが。

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Thursday, 03 January 2008

猫に会いに行けない

管理人にとって実家と距離を置く事の何が辛いかというと、猫に会いに行けないことだ。

我が家の猫は、今の猫を含めてここ三代くらいは、

・「猫又の一歩手前」

・「そこいらの人間よりずっと人間らしい」

・「人が寝静まった夜中に、こっそり二本足で歩いていそう」

・「実は、ネコにそっくりな新種のサルなんじゃないか」

・「実はネコではなく、マッドサイエンティストの手で改造された人間なんじゃないか」

・「実は妖怪なんじゃないか」

・「もし指があったら、お箸を使いこなしているはず」

と評判を勝ち得るほどどれも人間っぽい猫で、

私にとっては、なまじっかな肉親よりも温かい関係のある大事な家族だし、なにせ人より寿命が短い彼ら(今は一匹になってしまったが)なので、時々は顔を見たくなる。

そんなこんなで、

偶々ネット上で見かけた、我が家の猫に良く似た猫が出ているブログを、最近はよく覗いている。

年齢と、微妙な毛色の違いと、瞳の色と、好きなテレビのジャンル以外は、かなーり瓜二つ。

ヨレのω通信 powered by ココログ
http://nekopunch-yore.cocolog-nifty.com/blog/

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Wednesday, 02 January 2008

知らないことの多さに耐えることが出来る能力。

管理人の中学・高校時代は家庭が一杯一杯で、学校とは、家では得られない休息を得るための場所だったので、

正直言って、学校生活についても授業内容についても、よく覚えていません。

惜しいものを逃したな、と思っています。

そのため今でも新聞等で夜間中学の記事を見かけるたび「いっそ中学から入りなおそうか」と思ったり、あるいは「仕事帰りに、定時制高校に通おうか」と思ったりすることがあります。

効率を考えると自習のほうが勝るはずなので、単なる未練にすぎませんが。

===

そんなこんなで先日、参考として、地元の進学校の生徒がどんな勉強をしているか?という新聞記事を読んでいたところ、

ある優等生の、確か学者志望の男子が「自分に知らないことがあるのが許せない」と言って頑張っているのを見て、

何となく不思議な感じがすると共に、

2歳5ヶ月のお正月に買って貰った伝記集にあった、ニュートンの死の間際の言葉を思い出しました。

その子供向け伝記の現物はもうありません。が、元は以下のような文らしいです。

I do not know what I may appear to the world,
but to myself I seem to have been only like a boy playing on the sea-shore,
and diverting myself in now and then finding a smoother
pebble or a prettier shell than ordinary,
whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.
                                                               

ニュートンの時代に比べ現代の科学が進歩していることは述べるまでもないですが、人間が知っていることよりも、知らないことのほうが遥かに多いのは、今も変わりありません。

「自分に知らないことがあるのが許せない」と頑張って、仮に一分野を徹底的に学んだとしても、それで真理を修得できたわけではなく、まだ荒削りで不完全な「なるべく真理に近い何か」を得たに過ぎません。

それらを大勢で根気強く削り上げ、磨き上げて、徐々に真理に近づけていくのが、恐らく、科学者の営みなんだと思います。(勿論、磨き上げた結果何も残らないことも、間々あります。)

科学者じゃない私が書くのも、なんですが。

ともあれ、折角覚えたものでも、そうやって次から次へと時代遅れになる以上、「知らないことはない」という状態には、決してなれません。

そうである以上、「世界には自分の知らないことが沢山有って楽しいなあ」くらいの、ゆったりとした態度で臨む事が、望ましい気がします。

「自分に知らないことがあるのが許せない」という意地は、ときに「自分に知らないことがあるのを認めたくない」という偏狭さや、安易な結論に飛びつきたがる知的怠慢へと、容易に転化しますし、

そういう自称「学者」がどれほど有害かは、敢えて書くまでもないでしょう。

ただしこの「自分に知らないことがあるのが許せない」という考え方は、小・中・高くらいまでのレベル、つまり、教科書の範囲をひたすら徹底的に修得すれば良い段階では、有利だろうな、とは思います。

その辺は真似しなきゃな、と考えています。

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子供時代の管理人は、覚えている限りずっと、学校教育という奴が嫌いでした。

大抵は「有力な仮説」や「便利な仮定」に過ぎないものを、これが不変の真実だ、唯一の正解だ、という態度で押し付ける不誠実さ(≒頭の悪さ)がそもそも嫌でしたし、

そういう教育で教わった内容を大人になっても引きずって、今現在の目の前の現実よりも昔覚えこんだ大学のテキストを信じるような、自称「学者」「知識人」「エリート」が、その辺にわんさかいるのも嫌でした。

(その意味で『大学には馬鹿しかいない』という母の言葉には、嫌な説得力がありましたね)

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ちなみに、一昨年ニュージーランドで入ったコースは日本で言うと高校から大学一年にまたがるようなレベルの内容でしたが、授業の最初に

「別にここで教えることが真実とか正解とかいう訳じゃなくて、今の時点で、できるだけ真実に近いものを扱っているだけですから。」と謙虚で頭のいい説明があったので、

「じゃあ幾らでも徹底的に覚えてやろうじゃないか!」「こういう教育なら、付いて行っても大丈夫だろう」という気にさせられました。

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ニュージーランドの大学の研究内容のほうが日本の大学の研究内容よりレベルが高い…とは言いません。高校以下に至っては、日本よりゆとり化が進んでいるようですし。

しかしニュージーランドの学校や大学の、先生たちや学生が持つ、上に挙げたニュートンの台詞にも共通する懐の深さや、お互いに無知であることを知る意識から生まれる絶えざる研鑽や、「毎日が下克上」的な活き活きとした雰囲気は、日本では稀有なものに思えました。

日本の場合、明治維新以来

「欧米の最先端の知識・技術を沢山輸入し、唯一の真実として国民に教え込み、鵜呑みにさせる」「この鵜呑み方式に疑問を差し挟む奴は、国の発展の邪魔」

というスタンスがあってこそ、ここまで産業が発達し、欧米に猛追できたわけですが、

産業では既に欧米に追いついた筈の現在になっても、

学術分野では、この鵜呑み方式を好む硬直した態度には、今の所、大きな変化がないように見えます。切り替わったほうが、国の(あるいは科学の)発展のためには、良いと思うのですが。

そのほうが、ギフテッドも暮らしやすくなると思いますし。

なんだかとりとめのない文章ですが、今日はこの辺で。

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