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Sunday, 25 November 2007

硯について(微妙に地学)

昔6・7歳だった時分に、硯の良し悪しについて教えられた事を思い出したので、意味もなく書く。

意味が無いというか、今、手元に地学の豆テキストと「チャート式」と、争坐位文稿やら集字聖教序やらの手本が一緒にあって、幸せな気分なので。

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硯の石には、石英や長石や雲母からなる卸し金のような構造があって(これの顕微鏡写真は非常に格好よい)、墨を磨る際には、この部分が、出来を左右する。

磨耗に耐える頑丈さと肌理の細やかさを併せ持つことは必須で、尚且つ美しい石の産地はさほど多くない。端渓などが珍重されるのは、これらの特性による。

墨の膠を残すような迂闊な扱いをすると、これが埋まってしまうので、手入れでは特に、洗浄に気をつけること。

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…これを聞いた時分は「大人になったら良い硯を手に入れたい」と夢見たものだけれど、

あれから二十数年経ち大のおとなになった今でも、市販のお徳用墨汁の三合数百円のものを浪費しつつチラシ裏に書きなぐっている私は、硯を語れる立場にいません。

いつかなりたいものです。

■差し出がましいついでに、書道について素人ならではの感想■

もうしばらく漢文を書いて、筆の扱いの勘を取り戻したら、次は仮名文字に挑戦したいと思っていますが(仮名文字のほうが難易度が高い、という信条なので)、あまり好きと思える手本にめぐり合っていません。

藤原行成でさえ、かな文字よりも漢文のほうが出来が良く見えたりします。なぜだろう。

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