母の名台詞「あたしは今日から悪い子になる」
まだ還暦に届かない若さで私の祖母が死んだ時、
当時16歳だった管理人の母および歳の近い兄弟姉妹は、女親を亡くしたばかりの子供の多くがそうであるように取り乱し、
お互いに、決して言ってはならない事を、言い合いました。
おば達はそれでも、「年端の行かない子供同士、親の死という非常時に取り乱して口論になったとしても、他人なら許せないかもしれないけど、家族なら許しあうしかないじゃないの」と思っています。もっともな話です。
しかし、母の
「兄さんや姉さんや○○子が遊び回っていたとき、あたしはほとんど一人で母さんを看病していたのよ。兄さんなんか「家事手伝って」って頼んだら、あたしを殴ったのよ。それなのに母さんが死んだとき、『自分ばかり苦労したような口をきくな』とか『なによ犠牲者ぶって』とか言われたのは、何年経ってもさすがに許せない」という言い分も、もっともな話です。
母は当時「高校に通う→家に帰って家事→病院に泊まり込みで看病→翌朝またラッシュに揉まれつつ片道一時間半かけて通学」という殺人的な日課に耐えていたそうで
もう少しきょうだいが協力的ならば、母は疲労困憊の状態で看病にあたる必要などなかったろうし、そうなると、酸素ボンベの取り扱いを間違って親を事故死させる、という痛恨のミスも無かったかもしれませんからね。(注:当時は、完全看護というものが無かった時代です)。
ここまでは知っていたのですが、
おばによれば、母はその時「もう、良い子でいるのはやめる。あたしは今日から悪い子になる。」と宣言したそうです。
だろうなあ、、、と思いました。
さて、こういう出来事があって拗ねるのはもっともですが(むしろ真剣に生きているからこそ拗ねる事もあるでしょうし)
後年、その拗ね切った状態のまま所帯をもった事は、あまり感心できません。
その挙句、産まれた娘に対し、憎い姉や妹や「自分を置いて死んだかあさん」や、自分の欠点やら世界への絶望やらを一々投影して一々憎むのは、まったく感心できないことでした。
汚物の山でも上手く発酵させれば肥やしの山ですが、その汚物を子供という他人に丸投げしてしまっては、本人は何も学ばないし、成長しない。
難しいものです。

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