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Saturday, 29 September 2007

母の名台詞「あたしは今日から悪い子になる」

まだ還暦に届かない若さで私の祖母が死んだ時、

当時16歳だった管理人の母および歳の近い兄弟姉妹は、女親を亡くしたばかりの子供の多くがそうであるように取り乱し、

お互いに、決して言ってはならない事を、言い合いました。

おば達はそれでも、「年端の行かない子供同士、親の死という非常時に取り乱して口論になったとしても、他人なら許せないかもしれないけど、家族なら許しあうしかないじゃないの」と思っています。もっともな話です。

しかし、母の

「兄さんや姉さんや○○子が遊び回っていたとき、あたしはほとんど一人で母さんを看病していたのよ。兄さんなんか「家事手伝って」って頼んだら、あたしを殴ったのよ。それなのに母さんが死んだとき、『自分ばかり苦労したような口をきくな』とか『なによ犠牲者ぶって』とか言われたのは、何年経ってもさすがに許せない」という言い分も、もっともな話です。

母は当時「高校に通う→家に帰って家事→病院に泊まり込みで看病→翌朝またラッシュに揉まれつつ片道一時間半かけて通学」という殺人的な日課に耐えていたそうで

もう少しきょうだいが協力的ならば、母は疲労困憊の状態で看病にあたる必要などなかったろうし、そうなると、酸素ボンベの取り扱いを間違って親を事故死させる、という痛恨のミスも無かったかもしれませんからね。(注:当時は、完全看護というものが無かった時代です)。

ここまでは知っていたのですが、

おばによれば、母はその時「もう、良い子でいるのはやめる。あたしは今日から悪い子になる。」と宣言したそうです。

だろうなあ、、、と思いました。

さて、こういう出来事があって拗ねるのはもっともですが(むしろ真剣に生きているからこそ拗ねる事もあるでしょうし)

後年、その拗ね切った状態のまま所帯をもった事は、あまり感心できません。

その挙句、産まれた娘に対し、憎い姉や妹や「自分を置いて死んだかあさん」や、自分の欠点やら世界への絶望やらを一々投影して一々憎むのは、まったく感心できないことでした。

汚物の山でも上手く発酵させれば肥やしの山ですが、その汚物を子供という他人に丸投げしてしまっては、本人は何も学ばないし、成長しない。

難しいものです。

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Thursday, 27 September 2007

実は今日が満月

旧暦の八月十五日、旧暦で十五夜だから当然満月だろう…という事で一昨夜に空を見上げて「あれ?」と思った人は多いと思いますが、実は

満月は今夜だったりします。

===日常メモ

毎晩9時くらいには眠くなるので、できれば9時就寝・3時起床が楽な管理人ですが、勤め人をしていると、やはりどうしても、10時就寝4時から5時起床という風になってしまいます。まあしょうがないけど。そうやって時間を捻出しても、習字をする余裕さえ、なかったりします。

管理人はまだ、自分の時間の使い方がたいへん下手です。かつては時間の使い方マニアだったはずなのですが、あの要領を取り戻すのは、楽ではありません。

そんな訳で今日は、ろくに月も見ずにとっとと寝ます。

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ミャンマー/ビルマについて

88年にビルマの独裁政権が打倒され軍が政権を奪ったとき、真っ先に出された声明の一つが「民政への速やかな移行を目指す」という奴だった記憶があります。

2歳くらいから中学生だった当時まで世界各地の軍事政権成立のニュースには接していましたが、大体どれも初めこそ「民政を目指す」と言いつつ、政権に居座ったものでした。従ってこれも嘘に違いない……とは思ったものの、

実はうっすらと期待した自分を覚えています。

以来19年、やはり嘘だったんだなと思わざるを得ません。

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Monday, 24 September 2007

偽善者と偽悪者と:その2

にはとり様から頂いたコメントへの返答を別記事にしてみました。

頂いたコメントに、へへへへへへ…と照れ笑いが止まらない自分がいます。

>自分自身の動揺
偽悪者が善人扱いされた時の「オレはアナタが考えているような良い奴なんかじゃない、汚れているんだよ(絶叫)」「あ~やっぱ悪いこと考えちゃダメだあ(涙)」という感じの動揺、ですね。

忘れもしない小学五年の母の日のこと。

当時は、父は「オレはすべてに復讐するんだ」とふて腐れていたし、母は歩く幻魔大戦だった頃で、両親のオイタから平和な日常を守るべく命がけで孤軍奮闘していた(つもりだった)管理人と父母とが、三つ巴の緊張状態にあった時期でした。

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Saturday, 22 September 2007

偽善者と偽悪者と

偽善者の化けの皮がはがれるのを見るのが好き、という人って、多いですよね。善人ぶった小悪人が、何かの拍子で醜い本性を晒す様は、いつみても確かに面白い。

ただ、快いとはいえません。

というか、偽善者よりも偽悪者のほうが、化けの皮が剥がれる様子が可愛いと思います。

偽悪者はもとより悪人が良心を手に入れたときに過去を振り返って陥る絶望だの、良心の呵責の生き地獄だの、その生き地獄に折り合いを付ける悪戦苦闘だのの方が、はるかに快いし、見ものな気がします。

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Tuesday, 18 September 2007

ちょっと連勝した位で舞い上がるのは最悪

今日は父の命日なので、昨晩は珍しく、母と兄と三人揃って外食をした。

母は少しはしゃぎ気味で時折ヒヤリとさせられたが、それなりに和やかに場が収まったので、安堵した。兄はやや朦朧としつつも、F22のステルス性能の話などを、それなりに楽しそうに話していた。

軍事ネタついでの余談だけれど、今日ウィキペディアで見つけた「今の人は何も知らないのだね」を一個。

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Monday, 17 September 2007

「弱い奴に弱いのがお前の弱点」

「弱い奴に弱いのがお前の弱点」、というのは母が私を評した台詞で、まあ、これは実際否定のしようがない。

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割と苦労している人間なりのダンディズム

「どんな苦境でも飄々と振舞うべし。むしろ冗談でも飛ばせ」というのは管理人の、幼い頃からの、譲れないダンディズムだ。

というのも、よくいる、安易に他人に泣きついたりする弱い奴と一緒くたにされることほど悔しい事は無いからで、

従って苦境の真っ只中に居ても、泣き言どころか顕在意識にさえ出さず、これ如き痛くも痒くもない、という顔で余裕をぶちかます主義だ。

己の力量が大半の人間を凌いでいることは昔から自覚しているし、そもそも人には、力量相応の責任を背負う義務と、その責任を少しずつ重くしていくことで自身を成長させる義務と、その重圧の下で、起居や衣食住から職務までの十全な自己管理を行う義務というものが存在するという信念があるので。

実際、私の周囲の人間は、ブログに書いてあるようなことは殆ど知らない。

ただ、数年前に気づいたことに、自分の体験を全て一人で抱え込み、「これ如き」と軽視する思考法には、重大な欠点がある。

それらのプラス面を評価することも、マイナス面を反省することも、難しくなるという点だ。だから、こうしてブログに書くことやそれなりの社会的資源の助けを借りて、おのれを客観視している。

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Saturday, 15 September 2007

こういう小学生もいるということで。

先日の小学三年の時の記事に絡んで、その前後の話。不幸ネタはまだまだ尽きません。

まぁ、前向きなオチをつけますんで、そう不安がらずに読んでください。

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私が小学二年生だった頃、母は、亡父の旧友から情報処理系の職を紹介された。

最初こそ入力事務だったが、間もなく生来の頭脳を発揮しはじめた。彼女なりに勉強に励んだこともあり、短期間のうちに、天才と称えられる程になった。

因みに、以前書いた「旦那より頭の良い嫁さんを貰えて良いなあ」の話は、父のその友人たちの間で、母の勤務先での評判が広まったことに、端を発している。

泣く子も黙る人々の後押しも相まって居心地が良かったようで、私としても、母が楽しそうに働く様子は心の慰めだったけれど、母はここを

一年か二年で辞めて、

家でクダを巻きつつ、あたしは再臨のメシアや再臨の何とかボサツなんじゃないかとのたまいつつ、周囲を静か~に呆れさせる日々に戻った。本人曰く、

「だって飽きたんだもん。」

80年代初頭は、日本語を処理する技術が飛躍的に発達した時期で、母は「その関係の別会社を作るから管理職に就かないか?」と抜擢を受けたのだが、

飽きたというより、出世が嫌だったらしい。

父はその頃不遇だったけれど、元々が母の圧倒的な天才ぶりに惚れた人で、彼女が職場で認められたことを喜んでいたから「お父さんより収入が多いのが嫌だった」というのは理由としておかしいし、

「お父さんが浮気を疑って、会社にまで電話を掛けてきて嫌だった」、というような弁解もするのだが、当時の母が男遊びをしていたのは事実だから、

そのりくつはおかしい。

退職直後には、男と心中気取りの失踪をやらかした程で、短期間とはいえ、私も肝を冷やした。

死なれることも嫌だったが、無邪気な兄に「お母さんは……お友達と旅行に行ったよ。」と嘘をつき続ける日々は、相当なストレスをもたらした。

藁にもすがる思いで走人足止めのまじないを掛けながら、母を初めとする世間の人々がオカルト趣味に逃避する理由を、理解できる気分に、なったりもした。

「自分ばかり苦労している」と思うほど馬鹿じゃないぞ、という自負はあったにせよ、「少なくとも自分は、日本全国の小学三年生の下位1%に入るくらいには、不幸なんじゃないか?」と思った。

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Thursday, 13 September 2007

幻と日常。

兄が小学に上がる頃、つまり四歳の時に父方の祖父から貰った科学読み物で、集団催眠を操るインドの手品師の話を読んだことがある。

その手品師は虚空に向かってロープを放り上げ、伝い上り、やがて上空に消えてゆくという奇跡を演じてみせるのだが、

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Wednesday, 12 September 2007

「歴史の英雄に学ぶ○○」というものが嫌いだが

日経ビジネスオンライン、というサイトが割と好きで欠かさず見ているが、読み飛ばす連載も幾つかある。

リーダーの資質について歴史小説作家が語るコラムなど、歴史フィクションの大仰さが嫌いな管理人などは元来避けるのだけれど、今日は何となく、これに茶々を入れたい気分になった。

ナポレオンがロシア遠征に失敗した際の話で、個人的にお勧めの読み所は、フランス軍(というか大陸軍というか)の明らかな失策に関し、あれこれと弁解がましい点だ。ネタの仕入先が、フランス寄りなんだろうか。

さて、ロシアが侵略を受けた際のお家芸を大雑把に言うと

①攻めてきた敵方を領土内の、出来るだけ深部におびき寄せる

②敵の補給線を可能な限り伸ばしきり、焦土作戦を取る等で消耗させつつ粘る

③どうにかして半年くらい頑張れば冬将軍が来るので、

④侵略者には凍死してもらう

という奴で、

逃げ回るロシア軍を追いかける事ほど怖いものはない、と言って良いと思うし、仮にそんな予備知識がないとしても

敵を深追いすること自体、常識に照らして馬鹿げているのだが、

この単純な策にまんまと嵌められて、いいように引きずり回された挙句に惨敗を喫した当時のナポレオン側について、書きようによっては弁護できるのだなあ、と、変に感心させられた記事だった。

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「歴史上の英雄に学ぶ」風の読み物を見かける度に、その大仰で軽薄な様子…というか、例えて言えばローマの闘技場で殺し合いを眺める市民の興奮に輝く眼差しのような浅薄な態度には、辟易させられる。

ましてナポレオンのように、革命後の混乱に乗じて強権を握った専横の人物を、平和で全てが膠着化した現代の人々がなぜ持てはやすのか疑問に思う私としては、

強いて言えば、目先の勝利に拘らずに劣勢を打開したロシアのバルクライやクトゥーゾフに、学ぶべきものを見る。

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Sunday, 09 September 2007

信用できない人間に限って信用しろとキーキー言うアレ。

小学三年の頃、管理人は担任教師から色々と嫌われていたのだが、先生がおっしゃる注意や嫌みには、正当な事柄もあった。管理人が碌に授業を聞かずに外ばかり眺めていることや、随分と忘れ物が多いことであるとか。

ただそれらについてヒステリックに理由を訊かれても、まともに答える気がしなかった。まあ、8歳当時の私が迂闊だった理由を端的に書けば、

① 家では両親が離婚予定で私も父母から今後の行き場を選択するよう迫られています。両親の件に関しては近々抜本的な対策に出るつもりなので(注1)、頭の中でシミュレーション中です。

② 外ではこないだ性暴力事件という訳の分からんものに遭って、警察対応その他の疲れが抜けていません。

これだけなら私が心身を鍛えれば打ち勝てると思うのですが(注2)、

③ 幼馴染みが更に凶悪な犯罪にあった事だの、

④ 母親が子供時代に虐待されていた話だのを綿々と聞かされてウツになりそうですし、

というか母自体、時々発狂しますし、

③'  ③の幼馴染みとどういう顔をして再会すれば良いのか分かりませんし、

④'  ④の母についても何某かの手を打たなくてはなりませんし、

⑤ 近所の仲良しのおばさんが飛び降り自殺をしたばかりで微妙に凹んでいますし、

⑥ 凹むというか、ふと油断をすると自分も高所から飛び降りそうになりますし、

⑦ そんなこんなで、周囲の無邪気な子供には一層馴染めなくなりました。

⑧ 学者志望なのに、皆が私に追い付くまで勉強するなと命じられたのも、自分が段々錆付いていくのが分かるので嫌な気分です。やれと言われた以上はやり遂げる積りですが一体いつになれば周囲が私に追い付くのか考えると、気が遠くなります(注3)。

⑨ 先生のヒステリーで、級友たちが参っています。前の担任の時は皆無だった内輪モメが起きたりするので、私もフォローに気を遣います。

「……学業成績は文句ないはずだから、とりあえず授業中くらいのんびりと英気を養わせてください。」

という事なのだが、とてもじゃないが

言えんわな、というか

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Thursday, 06 September 2007

未着手の目標その他

コア・トレーニングというものは管理人の幼少期には無視同然の扱いを受けていたが、最近は実用書が市井の書店で買えるほどで、良い時代になったと思う。

秋にはハーフマラソンくらいに挑戦してみたい、と以前書いたが、目下の所、脚の可動域を増やしたり、右足の筋力を付けたり、体軸の歪みを矯正したりという基礎に、時間を費やしている。つまり全く走っていないし、武術からも遠ざかっている。

正直言って焦りがないとは言わないが、最近になって成果が目に見え始めて、少し報われた気分でいる。週明けから、また少しづつ走ったり蹴ったりする予定だ。鍛えた結果が、吉とでると良いけれど。

祭姪文稿の臨書は、以前のペースよりはかなり落としているものの、できるだけ時間(と不要な紙)を見つけては、書いている。おかげで以前の、12歳以降の進歩がない筆跡よりは、相当マシになったと自分で思っている。

今でも、街でクーポン誌などを貰うたび、読むより何より、練習用の紙が出来たことが嬉しかったりする。

文字通り寸暇が惜しく、世間の、退屈だのダルイだのとほざいている人々の気持ちが分からない。

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Wednesday, 05 September 2007

ようやく口語に慣れた気がする

管理人にとって会話能力習得の臨界期は恐らく3歳から4歳辺りだったと思う。

この時期に専ら科学読み物だの哲学書めいたものを心の友にして対等に話せる同年輩がいなかった為だと思うが、今でもまだ、思考は、まず文語体で生成される。

父も母もそうであったらしく、先日は母が「こないだ○○さんって人がバタイユがどうとか知ったかぶりしてたんだけどさ、普通の言葉で反論しようとしても、急いでいると思わず”然るに”"須く""曰く"とか出ちゃうんだよね。いちいち口語に直すのってめんどくさいよ~。」と嘆いていた。

彼女も、この「だよね」のような口調を身につけるまで、散々苦しんだそうだ。

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Tuesday, 04 September 2007

役人が首になりづらい理由の一つ

明治生まれの国士型の役人で、コーヒー一杯の接待さえも断る主義だった祖父が言っていたことを、思い出せるまま書いてみる。

かなり穴のある理屈かも知れないが、聞いた時は説得力があると思った。

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大体、不祥事を起こす奴の場合、表面化するまでの間に
他にも色々と悪さをしている。
表面化するのは飽くまで氷山の一角だ。

国を敵に回してまで悪事を告発しようなどと言う
企業も個人も滅多にいないし

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Monday, 03 September 2007

先生と親の、「普通」の範囲の違いというか

前回書いたが、小学三年の時、やたらと器の小さい教師に担任されてしまったことがあった。

「パンを食べるときには一緒に牛乳を飲みなさい、ノドに詰まります」という不思議な理由で子供を叱るような先生だ。それほど狭量だから、その他の奇妙なヒステリーは枚挙に暇がない。

パンの件などは管理人は無視を決め込んでいたのだが、

一応、児童のことを気にかけているのか、あるいは無視されたのが嫌だったのか、
給食の時に「牛乳を飲まずにパンを食べてて、ノドに詰まったりしないの?」とこれまた奇妙に優しい口調でアフターフォローをされたのだが、

これに対し「……人は物を噛みながら唾液を分泌して、口の中である程度まで消化してから飲み込みますよね? 特にパンは主に澱粉質で出来ているので、唾液中のアミラーゼで(中略)。それに、食べ物は流し込んで食べてはいけないと思いますね。よく噛んで食べるものですよ、先生。」と切り返して

以来、嫌われた。

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Saturday, 01 September 2007

自分のスキゾイド的な部分

管理人には、他人と群れる趣味がない。必要さえあればそれなりに集団行動が出来るのだけれど、そんな用がない時は、一人でいる時間が至福のひと時だ。

ただ、小学校三年あたりに、偏狭な教師から

「特別な人間なんていないんだから、努力して他の人の見ているテレビを見たりして、話を合わせなさい。最初は無理でも、合わせているうちに楽しくなります」と怒られて、

「それなりに説得力がある。弱い小魚も、群れて身を守るものだし、言われてみれば私にも思い上がりがあった」

と考えて以来、二十数年のあいだ「普通の人」を観察し、可能な限り彼らの性質を学ぼうとしてきた。そうして努力を積み重ね刻苦勉励(注:誇張抜きで)の末、ようやく最近、職場で、他人と

毎日、一緒に昼食を食べられるようになった。去年は一ヶ月に数度だったし、大学の頃は一月に一度くらい、高校の頃は数ヶ月に一度、中学の頃は多分ゼロだったので、着々と進歩していると思う。

まさに努力と忍耐の賜物だと、自分で思ってい「た」。

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