« 病気の人の「念」 | Main | 手帳的メモ »

Saturday, 12 May 2007

ギフテッドな親だからと言ってギフテッドの子供が理解できる訳ではないですよ

両親は管理人の学業にほとんど興味を示さなかった、ように以前の記事で書きましたが、先日話したとき母は、小学六年の時の管理人の、中学入試向け模試の成績を覚えていました。

何万だか何十万人だかが受けた中で、総合成績全国ベスト5かなにかに入っていたのだそうで。

私はよく覚えていませんが。(基本的に、この手の順位に興味がないので。)

母が、そんな些細な事まで覚えていたとは意外でしたね。

「そんな些細な事」、と書きかけてふと気付いたんですが、

たぶん世間の親は、自分の子供が上記くらいの成績を取った日には、「親戚・友人中に電話をかけまくり自慢しまくる」だとか、「宴会みたいな夕食を用意する」だとかで、

欣喜雀躍・感涙滂沱の大喜びをするんじゃないか?と思います。

よく判りませんが、去年、学校で友達たちを見ていて、(たぶんそうなんじゃないか?)と思うようになりました。

私の周囲のような「当然だろソレ位? 」という反応や、私のような「日本一で当然のはずがここまで落ちたのかよ自分は。無様だなあ」という反応は、かなり稀なんじゃないですかね。

以前も書いたとおり管理人の両親は二人とも相当なギフテッドでしたが、当時は二人とも、「頭の良い奴は、ビッグになろうなんて思わないものだ。世界を斜に構えた姿勢で眺めつつ、ニヒリスティックに虚無的に生きるのが最高」てな感じの考えが、抜けていませんでした。

全国○位? は、当り前だろ?みんな馬鹿ばっかなんだから。

馬鹿どもと真剣に勝負して、勝って喜ぶなんて、それこそ馬鹿だ。

…という感じの両親がいる家庭というのは子供にとって、勉強する気が殺がれがちな環境だ、というのは想像できると思います。

よく、ギフテッドの子供を持つ親御さんが、「自分もギフテッドだったら、子供のことを判ってやれるかもしれないのに」などと仰っているのを見かけますが、

人間が持つ「自分を基準に他人を判断する」という傾向はギフテッドでも変わらない、と思うので、成績の高さの有難みが分かる親御さんというのは、子供を伸ばす上で良い面が多々あるんじゃないでしょうか。

なんでも、ほどほどであるに越したことはないと思いますし、

何より大事なのは、親御さんの前向きな生き様を見せることでしょうからね。

管理人、この一点は、痛切に身に沁みています(苦笑)。

----

同日23時付記:当時はまだ生きるのに必死で、勉強どころではなかった時期です。

勉強した覚えのないことで良い点を取るのは、実感が湧かないのを通り越して、とても嫌だった、気がします。

|

« 病気の人の「念」 | Main | 手帳的メモ »

Comments

なんで親がギフテッドって判るんだ

Posted by: h | Sunday, 21 June 2009 06:47 PM

hさん初めまして。

まずは、他人のブログに初めて上がりこんだなら、「はじめまして」の挨拶ぐらいはなさい。

次に、他人に質問する前に、自分で解決を図りなさい。親については、同カテゴリーの過去記事に書いてあります。

無礼な態度も不愉快ですが、基本的に、自分で調べもせずに安易に質問をしてくることにも、まったく感心できません。

私が考える基本的な社会性が全く欠如しているので、以後、コメント不可とします。

Posted by: 忘道 | Sunday, 21 June 2009 10:04 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ギフテッドな親だからと言ってギフテッドの子供が理解できる訳ではないですよ:

« 病気の人の「念」 | Main | 手帳的メモ »