« March 2007 | Main | May 2007 »

Monday, 30 April 2007

「世間虚仮」、ってインドに行ってもね

というような人に言いづらい経緯ですが、大学の心理士さんが随分よく理解して下さるという、嬉しい出来事もありました。というのも、彼女のご両親はもっと極端で、

インドで修行していた(そのため彼女はインド生まれ)

…からです。

ビートルズがインドに詣でていた時代ですからね。

Continue reading "「世間虚仮」、ってインドに行ってもね"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, 29 April 2007

母をクロウリーに例えてみる

何だか、

母を構っていると、クロウリーを構っているメイザースみたいな気分になります。管理人は、メイザースほど人が好くないですが。

Continue reading "母をクロウリーに例えてみる"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, 28 April 2007

学校生活の思い出(やや魔法風味)

昨年の学年末テストの頃、母と例の、自称"密教を極めた"先生もめるという、三文サイキック小説風味の騒動があった。

そういう瑣末な喧嘩に介入するほど暇人ではないので、放置していたが。

その頃は、管理人が住んでいたフラットでも、夜昼分かたず大騒ぎだった。

というのも、フラットメイトの天の字(チャン・ツィイー似の美人)に予期せぬオメデタがあり、恋人やら恋人の家族・親戚やらまでを巻き込んで、人生設計をやりなおすべく大ゲンカ大激論中だったからだ。

なにせ学生同士だから揉めるし、試験の時期に入れば、当然さらに揉める。

実際彼らは、時々つかみ合いになりかけるので、介入しなくてはならないとすれば母の件ではなく、こちらだった。

当時の私のブログには、この騒動からのストレスが、如実に現れていた(勉学のために来た大学で何でレンアイなんぞに騒いどるのか皆目分からんわ頭痛え、とか、もう少し計画的に生きろよ手前ら、とか、書きたくて仕方なかった)。

この騒動が大団円で終わるまで悪口めいたことは筆に上せたくなかったので、伏せていたが。

何せ、人命が掛かっていたので。

今はただ、世界には二種類の人間がいる、と思う。

まず彼らのように、生きていると楽しいことが沢山ある、と思っている、大多数の人々。つまり、日常の足元にクレバスのように開いている恐怖が、目に入らない人々。恐怖や悲劇、絶望を映画や漫画や小説かニュースの中のドラマチックな出来事、例外だと思っていて、自分の身近に地味な形で存在するとは終ぞ思わない、人々だ。

彼ら彼女らのような人々が大半を占めるからこそ、人類が続いているのだろう。

第二に、管理人のような人々。上記の無邪気な彼らの足元に口を開く恐怖や悲劇がいちいち見えるにも関わらず、介入するにも限度があり(つまり、基本的に傍観するしかなく)、また、人がそこに落ちないのは単に運が良いだけだということを、知ってしまっている人々だ。

管理人のような人々に生まれつきの役割があるとすれば、上記のような人々を①出来るだけ放置しつつ ②本当に危険な場合のみさっと手を出し ③さっと引き下がる ことで、

当然他人と仲良くなれないが、自分のようなのがいるからこそ無邪気なまま生きていられる人があんなに沢山いる、という面もあると、その時気付いた。

そして実際、管理人は天と彼氏とその周囲のような人々を見ていると、心が和むのだ。

^^^^^^^^^

そんな中、実家が徐々にややこしい状態に陥ってしまい(母が自分ではなにもしないので)、渋々この件を片付けることにしたのですが

さくさく片付けたは良いけれど、母の言動で、逆にストレスが増えました。以下、オカルトが大丈夫な人のみ、反転でどうぞ。

例1「最近急に静かになったんだけど、お前、なにかやったの?……式神を取り上げたのかー。道理でねぇ。でもまだ、念が飛んできてるんだけどー?(以上、甘い依頼口調で読むべし)」 

…ご自分が先生とサシで話し合えば、簡単に片付くんですが。

例2「センセの周りにね、…(略)…てゆー装置が見えたよー。もう念も飛んでこないし、先生も、今年の冬はなぜか凄く体調が良いって。ペラペーラ」

そこまで分かるのに、自分の手では何もしたくないんですね。

3「参考になったよ」

何の参考にするつもりでしょうか。また変な野心を持つんじゃないかとか、激しく気になります。

あまりに腹が立ったので連日早朝からジムに通い詰め、身体を鍛えすぎて左足甲→左ひざ→右ひざ→肩→首の順で壊し(手の込んだ自傷だなあ)、さすがになんとかしなきゃなあ、と気付きました。

それまで基本的に、そういう術は人として反則だと思いつつ生きていましたが(反則…と言うよりも、「ルール無用の悪党相手に、タイガーマスクは正々堂々と戦って勝って、カッコイイねぇ」みたいな徒手空拳へのコダワリですが)、この母が母である以上、

なりふり構っていられなさそうだと気付き、年が明けてから時間をみて、

西洋魔術を習いに行きました。

どこまでネタのような人生なんだか。

以上、過ぎたからこそ書ける、色々。…前半と後半の人々の、地への足の着き方に落差がありすぎるのが、今もって痛いです。

まぁ、世界の大半では、どの村にもシャーマンとか道士とか魔法使いがいるのが当り前なわけで、そんな留学生たちに囲まれて過ごしたことで、少しは自分の特性を認めることができるようになったのは、収穫ですね。

| | Comments (0)

Sunday, 22 April 2007

Der Begriff der Angst.

先日、幼少期に読んだキェルケゴールの話題に少し触れた。

読んでも心を動かされなかった、ように書いたけれど、考えてみればその後の生き方はどこと無く「不安の概念」的だ。結局、

影響されていたのだなあ。

====

管理人が哲学好きだったのはせいぜい6・7歳くらいまでで、その後は猛然と哲学嫌いになったので(多分、親の失業などの影響)、従ってキェルケゴールは家にあった「不安の概念」と、「死に至る病」を読んだきり、最近まで触れていない。

ちなみに、いずれも旧字体の本なので、難儀しなかったのか?と思われるかも知れないが、

別に?

保育園に入るころでも、それくらいの漢字なら、新旧問わず、読めたので。

……で、小学校に上がった後は(親や先生の言いつけを守って)勉強しなかったので、時々作文や漢字テストで「でんとう(電燈)」などと書いては、先生から妙な顔をされていた。

あと哲学というと、仏→日翻訳モノには、どれも往生したなあ(正直申告)。

今読み返したら、どんな感じだろうか。

====

ちなみに2、知能は高ければ高いほど良い、と思う人もいるらしいが、例えば管理人だと保育園くらいの頃は、毎朝のように

新聞でみた、無認可保育などで粗雑に扱われて死んだ子供の話を思い出しては、「私は恵まれているんだ」「恵まれているのだから絶望などせずに、頑張らなくては」と心の中で唱え続けていた。

それが私の、「人生で一番悩みの無かった時期」だが。羨ましいものかな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, 21 April 2007

「友達を作るのは利用したいから」

7歳で自殺未遂を起こした後、間もない頃だ。当時の管理人は余分な希望を捨てることで、毎日を淡々と生きていた。

そんなある日、学校から帰ってから母に

「ひとが友達を作るのは、結局、ただ利用したいからかい?」

と聞いたことがある。

そのとき母はチベット密教の本あたりを読みふけっていて、返事がなかった。

母が現実逃避に走るのも私を無視するのも毎度のことだが、この日は彼女の意見を聞きたかったので、私は数度、同じ言葉を繰り返した。数分後母は、ようやく、他所を向いたまま一言

「そーなんじゃない?」と答えた。

この人を好きになるのはとても難しいと思ったのを、覚えている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Thursday, 19 April 2007

照れ隠しに

前日の最後で「剛毅な生き方」と書いてしまったのは、なんだか決まりが悪い。大げさすぎて、自分につけていい形容じゃあ無いだろう、と思うので。

ただ、昨年に学校の先生からそう言われて嬉しかったので、一度使ってみたかった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, 17 April 2007

大人になりたいと思ったこと

というわけで父の友人の話は、しばらく保留。

=========

管理人が、その他大半の人に馴染めない理由の一つを、すこし考えていた。

管理人は小さい頃からずっと、早く大人になりたいと思っていた。責任と権限と能力とを併せ持った、独立した大人に。

「自分がこんなに馬鹿でさえなければ」、「もっと力があれば」、「もっと知恵があれば」、「もっと人生経験があれば」、「経済力があれば」、「腕力が、脚力があれば」、

そうやって「自分が子供でさえ無ければ」、と思うことばかりの子供時代だと、当然、早く大人になりたいと思うようになる。

だから現状の、まだ非力な自分が「大人」だとは、全く思っていない。

=====

ブログに幼い頃のことばかり書いているのは、7歳で自殺を図って以来ずっと今まで、「活き活きした記憶」という奴がないからだ。

とりあえず感情を押し殺して、

大人たちから無用な口出しをされれば黙殺し(すべきことは誰より自分が知っていたので)、

級友などの、同年輩の子らが甘えてくれば跳ね飛ばし(構うほど時間がなかったので)、

どうにも助けなきゃならないものは助け、

あとは、自分の理性で「最低限これをすべきだ」と判断した思いつき(和漢洋の古典を一通りこなす、であるとか、組織管理能力を身につける、であるとか、身体を鍛えることだとか)だけをひたすらやり続けて、7歳からここまで来た。

やる気が出なかったら風呂場で頭から二三杯冷水をかぶってでも、やっていた。

親だのトモダチだの知ったこっちゃねぇよ。という感じで。

当り前の行動のような気がしていたが、これを書いていて、なんだか鬼気迫る七歳児だと思った。

がむしゃらに走り続けた二十数年、というと格好いいが、正直後半の十数年はヨレヨレの、きわめて格好悪い様をさらしていたと思うので、私個人は嬉しくない。

=====

管理人は生まれてこの方「大人のいうことを聞くイイコちゃん」という奴が、嫌いで嫌いでしょうがない。昔も、今もだ。

親孝行とか礼儀作法という言葉は好きだったが、そのわりに、可愛げのない子供だった、という一点に関しては、物凄く自信がある。

ペット化されるのも家畜化されるのも嫌だったので、仕方ない。

====

お受験組等に多数いる、「敷かれたレールの上を走るのが嫌~」な人々VS

泰緬鉄道敷設みたいに努力と根性で道を切り開くしかなく、じわじわとしか前に進めないわ格好悪いわで正直言って「こうやって汗水たらして、実際にレールを敷いてみろ。贅沢いいやがるなよ」と時々思う、管理人などの、小数の人々。

今時後者は少ないので肩身が狭いが(いくらギフテッドの私でも、レールを誰かが敷いて誰かがバッチリ整備した環境を走る人々とは、同じ速さで走れない)、

常に自分の心身のスペックの限界を試し続けてようやく生きていける半野良生活、というのは、他人に飼い殺しにされる大半の人よりは強くなれると思うので、

少々世間に馴染めないくらいは、まあいいや。

-------

甘えたり甘えられたり出来る人間になろうとしたこともあるが、

正直言って、ペット化された人々の甘えの強さ、自我の弱さ、甘い世界観というのは、どうにも苦手だと、思い知らされることが相次いでいる。

剛毅な生き方が馴染まない世の中なら、適応する必要はない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, 16 April 2007

続・妙にレトロな知り合い達、あるいは見張り塔「の上」からずっと

以前の私が、父の知り合いたちから話を聞いて感じたのは、何よりまず、彼らの周囲への怒りだった。

言葉は悪いが、

「○○ゆかりの家」以外に誇るべきものを持とうとせず、生まれと育ちだけで下を見下すくせに、お上(彼らなど)には媚びへつらう有象無象が、世間には掃いて捨てるほど居るのだ、と思った。

人格を無視した上で持て囃されても、気分が悪いだけなのだが。

『皆、オノレの実力で築き上げたものだけを競い合い、誇れば良いのに』と思ったし、全力を尽くした結果がどんなにささやかでもそれで事足れりと生きれば良いものを、

何かと他力にすがる人々が総がかりで、彼らの耳にまだ幼い内から「人々のため」などと吹き込み、まるで摩天楼の上のように孤独な場所に押し上げたっきり

降りられないようにするなんて、何たる卑しい振る舞いだ、と思った。

どういう経緯か忘れたが、社会の中間辺りに居る大多数の人々、つまり、

①塔の上の孤独な公子がたにマツリゴトを押し付け、②下々には汚れ仕事を押し付けて、自身は政のことも考えず、己の手も動かさずにただ白昼夢を持て余す中流くらいの人々が、当時のわたしには、一瞬

最大の巨悪に見えたのを覚えている。

人間の相当数は、自由から逃避したがる、よほど弱い生き物なのだな、と思った。

===

「やけにレトロな~」を書いてから彼らのその後を調べた所、お一方の実家に大変なことが起きていたとわかり、以来やるせない気分で、今日は随分とりとめのない文章になってしまった。

普段は、気楽な家に生まれついた我が身の幸運をこそ寿ぎたい管理人だけれど。なんだかな。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Saturday, 14 April 2007

本気で誰かと漫才を出来る人生を目指す:「1500人いる!」

「心理学者にとっての知能指数とは、泥酔者にとっての街灯のような存在だと思う。道をてらす光としては役に立たないが、しがみつけば転ばずに済む。」

ギフテッドが学業不振に陥った場合、周囲はその子供の元々の知能にふさわしい成績を取れる状態を目指して介入する。・・・という話を、(日本以外では)聞く。

ただし管理人の子供時代の場合、この「相応の成績」というのが、「300万人に1人」という数字から単純に見積もって

どう転んでも全国1位で当然

…だったのが運が悪かった。

こんな数字をあげる奴が周りにいたひには、「ちったあ肩の力を抜け」「凡人だって良いじゃん?むしろ普通に戻れよ」と頭を押さえたくなる人が出てくると思う。

管理人の両親が典型だ。

-------

対照的に、幼い頃の筆者には「互いに遠慮せずにツッコミをかましあえるライバルが居ないとしたら、嫌だな。」という一点が辛く、

「でも日本の総人口は一億二千万以上だから、年齢さえ気にしなければ、四十人はライバルがいる」「ましてや世界の人口は四十五億人(当時)だから、単純に考えても、千五百人はライバルがいる。その中で埋もれずに抜きん出るには、やはり努力が欠かせないなあ」と思い直すことで、救われていた。

そのように張り切って入学した小学校で、毎日何も出来ずに座りながら、見たことのない世界の千五百人が、この瞬間にも着々と力をつけている場面を想像し、徐々に気が滅入っていった。

就学前には大卒レベルの哲学書や心理学の専門書を読みこなしていた管理人の発達はJ.S.ミルと同じか、やや早い位だったと思うが、そのJ.S.ミルが親の熱心な教育を受けて育ったことから類推して、『どこかに恵まれたライバルがいるかもしれない』と思い、焦った。

-----

そんな6・7歳の頃、一度だけだが、「自分はこの世で一番不幸なんじゃないか?」と思ったことがある。それほど確率的にナンセンスな発想をする衰弱した自分を、自分で笑ったのを覚えている。

家の書棚のキェルケゴール「不安の概念」なんぞをめくっても気は塞ぐ一方だったので(彼の来歴を知ってしまうので。あれは滅入るぞ。)、以来現実を見て、逆境に負けずに頑張っている人を探しては、励みにしてきた。

おかげで自分の恵まれようを知ることができたし、人を見る目も肥えたし、なんとか自殺せずに、生きてこられた。

代りに、「不幸な話に目を向けすぎて、世界観が暗くなった」という短所があることに、最近になって気付いた。「世界の人の大半は教育に恵まれないのだから、上記の千五百人のライバルの大半も、教育の機会を逃すのだろう。自分が恵まれていることを忘れてはいけない」と考えての行動だったにせよ。

「ポルポト政権下のカンボジアに生まれたギフテッドだっているんだ。」「日本のギフテッドだって、マイノリティに生まれたら、私よりもっと大変なはずなんだ。」…などと、

世界は薔薇色だと信じていたい年齢に

現実の暗黒面を見すぎたのは、両刃の剣かもしれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Wednesday, 11 April 2007

親は未熟で当然だと思う

大人、とりわけ若い親というものは、未熟で当然だ。

現代には未熟な親が多い、という話は良く耳にする。だからと言って昔風の、苦労し過ぎでガチガチに頑固になったような人が子育て上手だったのか、というと微妙だろう。(『ちゃぶ台返し』なんて今では冗談だが、星一徹や月影先生のように苦労人で業の深い大人が、すこし前までの日本には、本当に山ほどいたのだ)

ただ昔ながらの大家族や共同体のように、多くの大人に囲まれて育つことは、子供たちにとって良いことだったのだと思う。

管理人の考えるその利点の一つに、『数多くの未熟な大人が子育てに関わることで、個々の大人の未熟さが相殺される』という点がある。

大家族や共同体とは少し違うが、管理人の場合、父と母の未熟さを埋める存在として祖父たちや親類が居り、さらに前々回に書いた父の友人たちや、あるいは近所のおじさん、おばさんたちがいた。

もし父と母とが幼い私にとっての全てだったら、きっと恐ろしいことになっていたと思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Tuesday, 10 April 2007

VO2maxが化け物並に戻った

暫くの間ピラティスなどで、首周りを意識して体軸を鍛えながら、時々運動強度を上げては、様子を見ていた。

高校時代に頚椎を挫傷して以来、今でも下手をすると、脳脊髄液減少症だの、四肢の麻痺だの半身不随だのになりかねない。

これまで長年、「悩んでばかり居ずに何かやらねば」と変に張り切っては、山ほど故障を繰り返してきた管理人だが、ちょっとは失敗から学んだというわけだ。

「首に爆弾を抱えつつ秘密特訓」と書くと素敵だな。爆笑。

何らのアクションも取れないまま対策だけに頭を悩ます日々、まるで冬山でビバークしながら好天を待つような日々でも、最近は、気楽に乗り切れるようになったのも嬉しい。(外野の声を、丸無視するテクのようなものが身につきました。)

二週間前に心肺能力と右足の筋力、柔軟性を中心にしたトレーニングを本格的に再開した。最初は、唯一の自慢のVO2maxでも人並み以下の数字ばかりで(おや?)と思ったが、今月に入って元と同じレベルで安定したので、今日はこれを書いている。

3.9ℓ/min、単位を以前と揃えると85ml/kg/min前後。化け物に戻れて、ほっとした。

もし武術だけをやっていたら、また無理をし過ぎるということがおおいに有り得るけれど、VO2maxを三桁にのせるという目標があるので、自重しながら鍛えられる、気がする。

もう少し身体が出来たら、あんな道場やら、こんな武館やらに行ってみようと楽しみにしている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, 08 April 2007

妙に治りが早い人part2:妙にレトロな知り合い達、あるいは「血の劣化」

勿論母の言うように、父には小心な部分があったが、全体としてみれば磊落な気性が勝っていたと思う。だからか若い頃は随分と友人が多く、我が家にもよく出入りしていた。

奴らが口を揃えて俺のことを羨ましがるんだぞ、と父が嬉しそうに語っていたのを、覚えている。管理人がまだ幼い頃のことだ。

「○子さんはオマエには勿体無いって。顔がオマエより良いのは当然だとしても、亭主より頭が良いかみさんを、気にせずに貰えるのは凄いって」

つまりは、惚気だが。

Continue reading "妙に治りが早い人part2:妙にレトロな知り合い達、あるいは「血の劣化」"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Monday, 02 April 2007

ネタのような現実を生きる:個性的なら良いってもんじゃない

昨日の記事の続きだが、どのみち

更にありえない話へと進まざるを得ないので、どう書けば信用して頂けるものか、悩んでいる。

嫌な話ではないのだが。

====

どうでも良いが、父の頭はサブシステムでも装備していたのだろうか?管理人にも似たような機能が付いている可能性は高いけれど、どんなものなのか

自分の身では、あまり検証したくないなあ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Sunday, 01 April 2007

ネタのような現実を生きる:妙に治りが早い人

年末に母と大学の費用の話をしていた時、話題が亡父のことに逸れた。

亡父は、約二十年前に脳腫瘍で医者から「余命は半年ですね。手術も可能ですが、逆に、三ヶ月に縮まります。生き延びても、生きているといえる状態ではなくなりますから、手術はお勧めしません。」と宣告された。それでも父は手術を受けた。

Continue reading "ネタのような現実を生きる:妙に治りが早い人"

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2007 | Main | May 2007 »