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Wednesday, 11 May 2005

ダマスカス鋼

某友人が、フィクション執筆の為に、と十字軍ネタを調べ中なのですが、
彼女のPC画面の地図に、ダマスカスという地名を発見した瞬間

激萌え

した人間は私です。ダマスカスですよ?
ここ3000年くらいの長きにわたって,
錬金術師や金属学者には垂涎の的であり続けている超高炭素鋼、

ダマスカス鋼=ウーツ鋼の、

原産地だと誤解されていた街ですよ?

ウーツ鋼、というのは、
筆者の頭の中では、日本のタマハガネと並ぶ、
古代・中世世界で最高の鋼です。

よくその辺で言う、複数の金属をどうにかして造った「ダマスカス鋼」は

単なる、見てくれを真似ただけのレプリカ

で、本当のダマスカス鋼だと、鉄以外の金属は、そもそも原材料に入りません。不純物的にニッケルが入るだけで、ほかの主gaikan_2 な成分は炭素です(先ほどオンラインを検索して、複数金属を組み合わせたもの=ダマスカス鋼だ!と主張しているお馬鹿マニアサイトを複数見たよ・・・そして、現代では利点は無いとか言っていたよ・・・そして、明らかにパチもんの、醜い写真を自慢げに並べていたよ・・・悲しいよう・・・神聖冒涜だよ・・・それでもマニアかい・・・あぅ)

粘りでも何でも、現代に至るまで他の鋼を圧倒しています。
玉鋼より優れている点として、
奇妙なまでに錆び辛い、という点も特筆すべきでしょう。

なにより力説したいのは、その美しさです。

鋼青色の背景に、銀色に輝く星のような球状結晶が無数に渦を巻くその表面は、
まさに夜空に浮かぶ銀河のようだ!

上の写真は良質のレプリカです。ぶっちゃけ、現代科学をもってしても、レプリカしか作れないです。

模造品とはいえ、きれいでしょ?

今、ふと
「アメショのシルバータビー猫のお腹の渦巻き模様みたい」
とも思いましたが;

古代、小アジアはヒッタイト王国で発明された製鉄が、
ほんの数百年の後の遥かインドで、
一体どのようにしてここまで発達できたのでしょう。
(そう、インドです。シリアではないです)
90年代初め、私が何とか意識があった頃の科学でも確か、
製法は色々な点で謎のままでした。が、

友人からキーボードを奪取して調べたHPにて、
最近ようやく突き止められた秘訣、らしきものを発見。
かつて、冷却に際して

生きた奴隷の身体に刺して徐々に冷やすとか
赤毛の少年の尿に浸すとか
いろいろデマを流された製法とは、

適当、以上に混ぜない。ゆっくり冷ます
ただそれだけのようです。真偽の程はさておき、妙に真実味があります。

これを読んで、あるベトナム菓子を思い出しました。

このケーキをカットして行くと、断面に、櫛の歯のような、不思議な模様が浮かぶのですが、
この、幾つもの層を成す構造を出すにあたっては、
別に、手の込んだ仕掛けは要らないのです。
定められた材料を混ぜて、型に流して、
一定時間、オーブンで焼くだけ。
熱しているうちに、材料が変化して、型の中でくし型模様を作り出してしまうんですね。

ふむ?
では、ウーツ鋼の場合、古代インドに高度な炉があったから可能だったのでしょうか?
火力の優劣は、化石燃料の炉が発達するまでは、どの世界でも大きなネックでした。
ヨーロッパに見るべき鋼が無いのは、炉と燃料の関係で高温が出なかったから、
と、小さい頃の勉強をあいまいに覚えています。

ちなみに、最近、@ニフのインド占いで
「錬金術にかけるあなたの情熱は、
不治の病を治療する妙薬の発明につながる可能性があります」といわれた筆者。

当たり外れはさておき、お蔭様で、

情熱を思い出しました。
王水を買ってもらえない、幼い幼い頃、母親の金のアクセサリーを
ためしに塩水とか
酢水に漬け込んじゃった情熱(link)、

近所の空き地で、土から採取した砂鉄を、

床にぶちまけたまま遊びに行ったり、
コンロやストーブの上で熱したまま忘れたりした、幼い頃の、あの情熱。

狂牛病も、
金属がらみの可能性があるから、少しは役に立つかな?

レプリカ写真は、ニッテクリサーチ社さまのサイトからお借りしました。ニッテク様に版権がある写真というわけじゃなくて、私が幼い頃から出回っている、有名な写真なのです。どなたが撮られたのでしょうね?レプリカでさえ、ちゃんとしたものは珍しい、という、ダマスカス鋼の希少さを示唆する出来事のように、私には感じられました。

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Comments

そういえば司馬遼太郎氏が「街道を行く(砂鉄の道)」の取材のため出雲へいったとき、鉄の神といわれる金屋子神社(島根県安来市)を参拝したのだが、この神社の風情が中世的であることを残念がっていた。スサノオ神話より想定される古代鉄の古さとでその手がかりを、掴みたかったのかもしれない。地元のものが「ここは戦国時代、尼子と毛利の激戦があって古いものが多く消失した。」との説明に少し残念そうにしていたと日立金属のかたから伺ったことがある。
しかし、最近この地域で弥生時代の鉄器が多数発掘されその量も北九州に準ずるものだという。その時代は実は大和は鉄器がほとんど発掘されておらず、この地がいかに先進地域だったかをうかがわせる話で生きていれば司馬遼太郎氏もさぞ喜んだことだろうと思われます。

Posted by: 三和特殊鋼 | Sunday, 01 June 2008 05:35 PM

三和特殊鋼様、コメント有難うございます。

あの辺りの製鉄・冶金に少々縁があるため、青銅器文化まで遡って少し調べてみたのですが、

島根は、昭和の終わりに荒神谷遺跡で素晴しい青銅器が見つかるまで、「青銅器文化が未発達だった地域」=「弥生時代の辺境」とみなされていたようですね。

私の記憶でも、当時は一般に『北九州や大和の青銅器文化=渡来文化圏が、発展的に鉄器文化圏に移行した』…という素朴な推理が信じられていた覚えがあります。

その伝で行くと、青銅器が見つからなかった島根から鉄器が出るとは、当時の学者には予想外だったのか、と思いました。

予想外…とは言え、スサノオ神話のような強力なヒントを無視したうえに、『製鉄・製鋼のような高度な技術は全て渡来文化のコピーに違いない。そういう遺跡を見つけたければ、畿内か北九州で…』という発想はそもそも合理的ではなかったし、自虐的ですら、あります。。。

>司馬遼太郎氏もさぞ喜んだことだろうと
はい。
もう数年長く生きられたら、さぞ喜ばれたろうと。天寿は人がどうこうできることではありませんが、考えてしまいました。

偶然ですが、頂いたコメント関連の調べ物中、母方の遠縁に関する資料を見つけることができましたこと、御礼を申し上げます。出雲・田儀櫻井家のたたら製鉄について知ることができたのは、嬉しい驚きでした。

Posted by: 忘道 | Monday, 09 June 2008 01:28 AM

 金型屋の視点「いざなみ景気におもう」
 古事記に修理固成とありますが、「理を修め固め成す」ことで製品や部品を成型する金型業務を行ってる身、親しみを感じる言葉です。
 この言葉の本来の意味は、日本列島をつくりなさいということで、イザナギ、イザナミ両神はセックスをすることでそれを達成しようとするのです。その描写が金型屋にとってパンチとダイの関係を想起させてしまいます。
 それから、金型素材の特殊鋼の名産地、島根県安来市には古事記の描写どうりのイザナミの神陵というものがあります。安来は修理固成の源郷という説もありこの一致にもみえない力が働いているとも感じられます。

Posted by: 中野 | Sunday, 06 July 2008 09:36 AM

いま、籔田紘一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興
されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な山陰の青銅器時代がおわり日本海沿岸で四隅突出墳丘墓
が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と
安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと
考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
 西谷は出雲大社に近く、安来は古事記に記されたイザナミの神陵があるので神話との関係にも興味がわいてきます。

Posted by: ウメトク | Sunday, 23 November 2008 04:35 PM

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Tracked on Wednesday, 11 May 2005 11:49 PM

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